弥生ちゃんのヒメゴト =41=
圭介さんは、小さい子をあやすように、あたしの背中をポンポンと叩いた。
それから、冷えないうちに早く帰ろう、とあたしを促した。
この人ときたら本当に、奥手なのか、その気がないのか。
ドラマなら、場面変わってふたりはベッドの上、のシーンだ。
同級生にも、彼氏と最後までいっちゃった子は何人もいる。
でも、そんな話を聞かされると、あたしはなんだかいたたまれない気分になる。
あたしもいつか、圭介さんとソウイウコトをするのだろうかと想像すると、心の中を覗かれたわけでもないのに、無性に恥ずかしくなってしまうのだ。
だからと言って、圭介さんとソウイウコトをしたくない、というのではない。
はじめては圭介さんだって決めてるし、むしろ早くそうなりたいとも思う。
「圭介さん……」
「うん?」
「圭介さんは、あの……あたしと、し、…したくないですか」
「何を?」
「何をって……」
答えに窮して、あたしは黙る。
何をどうすれば自然と、ソウイウコトができるようになるのだろう。
「あたし、圭介さんのこと大好きです、だから、あの……ソウイウコトになっても、きっと後悔しないから、その……」
真っ赤な顔でしどろもどろのあたしを不思議そうに眺めていた圭介さんは、やっと何かを察したようだ。
あたしの肩を掴んで顔を覗き込むと、真面目な口調で聞いてきた。
「弥生ちゃん、自分で言ってる意味わかってる?」
あたしは頷いた。
いつまでも、子供っぽくそわそわしてるばかりなんて嫌だ。
圭介さんに、あたしが大人になる、最後の仕上げをしてほしい。
「じゃあ、今すぐ俺の目の前で裸になれと言ったら、なれる?」
「今、ですか……?」
あたしは慌ただしく考えを巡らせる。
いや、今すぐは無理だ。
せめてシャワーを浴びて、覚悟も決めて、部屋の電気は消してもらわないとだし、いざそのときになったら言うべき言葉も――。
「……自信、ありません」
項垂れたあたしに苦笑いでもするかと思ったら、圭介さんはニコリともせずに頷いた。
「俺もそうだよ」
「圭介さんも……?」
「愛し合うってそういうことだ。後先なんて考えず、相手のことが欲しいと思うし、自分のことも、全部あげたいと思う。でも、俺はまだ、そういう気持ちになれない」
「……」
これはどういう意味だろう、暗に拒まれているのだろうか、それとも……。
「あたしが、子供だからですか」
「それもあるにはあるけど、大きな理由ってわけじゃない。どっちかと言えば、俺の方の心の準備ができてないって意味」
「男の人にも、心の準備ってあるんですか」
意外な気がして尋ねると、圭介さんはとても心外そうな顔をした。
「そりゃ、そうさ。それとも何、君は男のヤリたいだけの勢いでガツガツ来られた方が良かったわけ?」
「そんなのは嫌です!」
何事にも、雰囲気ってものは大切だ。
ましてや、自分の記念すべきはじめては、勢いなんかで流されたくない。
「俺は君が好きだし、大事にしたいというのも本当。それは信じてくれて良いし、君が焦る必要もない。だから、お互いにもう少し時間をかけよう」
ね、と念を押されたら、頷かないわけにいかない。
圭介さんは、あたしのことが好きだと言ってくれた。
だったら、あたしはそれを信じるべきだ。
そして、あたしも、待つ時間を楽しめるような大人になろう。
ただ、圭介さんが二の足を踏む理由が、あたしが子供だからというのでないなら、他に何があるだろう。
余計な詮索はしない方が良いのは承知だ。
でも、やっぱりちょっと気になった。
つづく


2017年01月14日 弥生ちゃんのヒメゴト トラックバック:0 コメント:0