形勢逆転 =1=
ホテルの部屋の窓辺に立って、師走の街を見下ろす。
今日は、クリスマス。
色とりどりのイルミネーションに彩られて、まるで街全体が大きなツリーのようだ。
風呂から上がったばかりでまだ雫の落ちる髪をタオルで拭い、ベッドサイドのテーブルに置いてあった腕時計に目をやる。
柚月がこの部屋に戻って来るまでは、まだ時間がありそうだ。
柚月――。
僕の教え子でもあり、恋人でもある、愛しい少女。
彼女は今夜、このホテルにあるホールで、父親の経営する「MISAKI」という日本でも有数の陶磁器メーカーが催すクリスマス・パーティーに、両親とともに出席している。
美しい彼女は、今夜のパーティーでも華になっているに違いない。
いつもは僕が独り占めしているはずの彼女が、大勢の人の目に晒されているのだと思えば悔しい気もするが、両親のお供となれば致し方ない。
シャンパンを冷やしている氷がからりと音を立てた。
柚月と2人で迎える、初めてのクリスマス。
実は、この記念すべき聖夜に、こうして豪華な部屋をお膳立てしてくれたのは、柚月の父親である御崎幸太郎氏だった。
彼女の両親に、僕たちの関係は公認済みだ。
御崎氏と妻の佐和子夫人には10歳の差があり、ふたりが一緒になるときにも色々あったらしく、そのせいか、娘である柚月に対してもとても理解がある。
教師と生徒の恋愛という世間的には決して認められない関係にある僕らにとって、味方の存在というのはやはり心強い。
そういう意味では、僕と柚月は非常に恵まれていると言えた。
僕は、タオルを放り、ワイシャツを羽織った。
彼女はどんな顔をして招待客に微笑みかけているのだろう?
柚月のことを考えるだけで胸が熱くなり、階下の様子を覗いてみたい衝動に駈られる。
だが、大勢の人が集う場所に僕が顔を見せるわけにはいかない。
少なくとも、柚月の恋人として堂々と登場することはできない。
柚月は、パーティーが跳ね次第、ここへ来てくれることになっていた。
悔しいけど、今の僕には、それを待つことしかできない。
そう……僕は待つ、柚月がこの部屋を訪れるのを。
ふたりきりの夜を過ごすために。
僕が、誰かと一緒にクリスマスを祝うことになるなんて、去年までの僕なら、きっと想像することすらできなかった。
キリスト教徒でもないくせに、商業主義に踊らされているだけ、なんて俗物的なんだ、馬鹿馬鹿しい。
ジングルベルが流れる中、派手に飾り付けられた街を歩くたび、鼻で嘲笑っていたのは他でもない、この僕なのに。
恋をすると毎日が記念日……どこで聞いた台詞かは忘れてしまったけど、最近は、本当にその通りだと思うようになった。
彼女と過ごすどんな一瞬も、僕には愛しい。
今宵もきっと忘れられない夜になるだろう。
いつになっても今日のことを懐かしく思い出したい……愛する人と一緒に。
ブブ、と腕時計の隣に置かれた携帯電話が振動する。
通話ボタンを押して耳に当てると、賑やかな喧騒に混じって柚月の声が聞こえてきた。
『先生、お待たせ。やっと終ったよ~』
「ああ、お疲れ様。階下まで迎えに行こうか?」
『ホントはそうして欲しいけど、まだパパやママと一緒にお客さんに挨拶とかしないとなんないし。もうちょっとだけ我慢してて』
何を我慢するんだよ、と苦笑しながら思ったけれど、実際、声を聞いたら触れたくなって、彼女に触れたときのことを考えたら、少しでも早く抱きしめたくなって。
結局、僕は部屋の中を檻に入れられたクマみたいにウロウロしながら、柚月を待った。
それから30分くらいして、ノックの音が聞こえたときには、本当に胸が躍った。
ドアを開けたところに立っていた柚月に、僕が両手を広げてあげると、柚月はぎゅうっとしがみついてきた。
「いらっしゃい」
「うん……」
頷いてから、少し照れ臭そうに「えへへ」と笑う。
「どうしたの?」
「あたし、いつもは『お帰りなさい』って先生のこと迎えることの方が多いけど、それが今日は逆だなあと思って」
「ああ、そういえばそうだね」
学校帰りに柚月が僕のマンションに寄って、僕の帰りを待っていてくれることも、もう習慣になってしまっている。
「おいで」
お互いの肩と腰を抱き合って部屋の奥へ。
ソファに柚月を座らせてから、側に立って改めて彼女を眺める。
実際、溜息が出るほど美しい少女だと思った。
つづく


2016年12月24日 微エロ妄想さんに25のお題 トラックバック:0 コメント:0