Love, Truth and Honesty =13=
その電話は、突然だった。
あの日――あたしが、蒼と儚い夢のような一夜を過ごしたあの日――以降も、あたしを取り巻く日常はいつもと変わらず続いてた。
それは、気抜けするほど、あまりにも変わり映えのしない毎日で、あたし自身が、あの日のことは自分の「蒼に会いたい」気持ちが高じて見た夢、あるいは妄想だったんじゃないか、と本気で考えたくらいだ。
蒼のことはもちろん、一時だって忘れてない。
ただ、週明けから期末試験が始まってしまったこともあって、はっきりと心の表面に浮かび上がってくることが少なかったというのが正しかった。
それはそれで、あたしにとっては大きな救いだったことも事実だ。
今日は、終業式。
明日から夏休みってこともあって、すれ違うみんなが少し浮かれて見える。
あたしたちもどっか寄り道して帰ろうよって話しながら、友紀ちゃんと一緒に昇降口を出たところだった。
胸ポケットに入れた携帯電話が、ポップな着メロを奏でたのは。
ディスプレイには、番号非通知の表示。
いつもなら、そんな怪しい電話はシカトする。
それなのに、そのときはひとりでに――本当にひとりでに――指が通話ボタンを押してしまった。
「もしもし?」
耳に当てた受話口から、相手の息遣いが伝わってくる。
『……藍?』
「え?」
『良かった、やっと見つけた』
そう言って、相手はホッとしたように少し笑った。
電話口から聞こえてくる声は、絶対に有り得ない人の声。
あたし、また……白昼夢でも見てるんだろうか?
「……そ、」
思わず名前を呼んでしまいそうになって、あたしは慌てて口を噤んだ。
怪訝そうな顔であたしを窺い見る、友紀ちゃんと目が合ったから。
『いきなり電話してごめん、驚いた?』
「う、うん……驚いた」
驚いたどころの話じゃない、頭はほとんど思考停止だ。
ていうか、どうして彼があたしの携帯番号を知ってるのだろう?
『今、どこ?』
「え、あ……あの、まだ学校……」
『ああ、そう。じゃあ、授業が終わるのは何時?』
「今日は終業式だったから、もう帰れるけど」
受け答えしながら、こんなのおかしいって思った。
もう会わない方がいい、忘れなきゃだめだって思って、連絡先も残さず彼の前から消えたのに……どうして、こんな普通に電話なんかかけてこられるの?
『何だ、グッドタイミングじゃん。迎えに行こうか、学校どこ?』
「だっ、だめだよ、こんなところにいきなり現れたら、目立ちすぎてみんな驚くよっ」
『それもそうか……だったら、藍が来る? 俺のマンション、覚えてるだろ?』
もちろん覚えてる。
あの朝、彼のマンションから駅まで、電柱で番地を確認しながら歩いたのだから、覚えてて当然だ。
「覚えてる、覚えてるけど……」
こんな風に電話をもらえることなんて本当に予想外ですごく驚いたけど、それが嬉しくなかったかって言ったら嘘になる。
だけど、もし今、彼の言う通りにしてしまったら、彼に再会してしまったら……次に彼を忘れることは、今回よりももっと辛く難しくなるに違いない。
それどころか、彼と離れたくない、もっと一緒にいたいって、分不相応なこと思っちゃうかも知れない。
でも、あたしがそれを言う前に、彼は明るい声で話を締めくくった。
『OK。それじゃ、待ってるから早くおいで』
「あ、ちょ、ちょっと待って、あたし――」
言い終わらないうちに、電話は切れた。
あたしは、プーという音に向かって小さく溜息を吐いた。
「甲斐くん?」
友紀ちゃんに聞かれて我にかえる。
あたしは、咄嗟に嘘をついた。
「う、ううん、…中学のときの友達がね、久しぶりに会おうよ~って」
友紀ちゃんは、少しも疑わずに、「そっか、じゃあ楽しんでおいでよ」って言って、あたしよりも先にバスに乗った。
行っちゃだめだって、心の中で自分が叫んでた。
彼に会ったらだめ、バカなこと期待しちゃだめって。
その通りだと思った。
それでも……。
足は勝手に、彼の元へと向かってしまった。
あとできっと後悔するって、ちゃんとわかっていたのに。
つづく


2006年08月24日 Love, Truth and Honesty トラックバック:- コメント:-