Love is... =14=
表で、車のドアが開閉される音がした。
その時も美穂の部屋にいた僕は、ちょうどカーテンを閉めようとしていたところで、音のした方を何の気なしに見た。
黒っぽい色の乗用車から、降り立ったのは美穂だった。
彼女は、妙に固い動作で運転席の中の人物に向かって頭を下げ、車が走り去ったあとも、その車体が角を曲がって見えなくなるまで、しばらくその場に立ったままでいた。
それから、不意に思いついたように、自分の部屋の窓を振り返った。
僕は、慌ててカーテンの陰に隠れた。
別にそうする必要はなかったのかも知れないけど、なんとなく、盗み見をしていたと思われるのも嫌だった。
かつんかつんと階段を上る靴音が聞こえ、やがて玄関がノックされる。
ドアを開けた僕と目が合うと、彼女は小さな声で「ただいま」と言った。
「お帰り、今日は少し遅かったみたいだね」
「うん、…臨時の職員会議があって……」
「そう、それで誰かに送ってもらったんだ?」
戸惑ったような表情が彼女の顔の上を翳めた。
けれども、それはほんの一瞬のことだった。
「あ、あの……松田先生が、良かったら一緒にって言ってくれたから」
ほら、あなたも覚えてるでしょう、音楽の、と早口に付け足す。
嘘をつくとき、こちらが聞いていないことまでぺらぺらと話すのは彼女の癖だった。
でも、僕はそれを追求しようとはしなかった。
そのときはまだ、彼女がどうして嘘をつくのか、その理由がわからなかったから。
「連絡もしないでごめんなさいね、お腹、空いたでしょう?」
靴を脱いで上がりながら、彼女は取り繕うように言う。
「ああ、大丈夫、さっき有り合わせで食べたから」
彼女は、正直に言ってあまり器用な方じゃない。
もう2年もひとり暮らしをしているわりに、自炊というものができないでいる。
だから僕も、彼女と半同棲のような生活を送るようになってから、簡単な料理なんかも覚えた。まあ、これも必要に迫られてというやつだ。
「美穂は?」
「私も……今は、いい」
「そう? じゃあ、お風呂に入ってきたら、その間に紅茶でも淹れておいてあげるよ」
うん、と小さく頷いたあと、彼女は、思い直したように顔を上げた。
「……滝沢君」
「うん?」
「あのね、私――」
細い指が、僕のシャツの胸の辺りをつかむ。
言いかけて、彼女は少し迷いの絡む様子で首を振った。
「ううん、なんでもない」
それから、僕の背中にぎゅっと腕を回し、囁くような声で言う。
「私は、…あなたが好き」
僕も、と言おうとした唇に人差し指を当て、彼女は続きを遮った。
「美穂?」
「大好き……」
僕を見上げる瞳が、切なげに潤んでいた。
わけもなく、胸が苦しくなるくらいに。
確かに、そのときの彼女は少し変だったんだ、今になって思えば。
だけど、続く言葉はキスで塞がれ、そのままベッドへと押し倒されて。
いつになく積極的な彼女にすぐ熱くなってしまった僕は、その理由を尋ねることができなかった。
僕の上に乗って、彼女が身体を揺らしている。
心持ち眉を顰め、唇を噛んだ少し辛そうな表情で。
僕は、目の前で震える乳房に手を伸ばす。
手のひらに収まる小ぶりなふくらみの頂点で、つんと勃ち上がった赤い蕾。
彼女はココがとても弱い。
「あっ、あ、…ふっ」
「すごく色っぽいよ、美穂……」
「ああ、見て……あなたで感じてる私をちゃんと見て……」
彼女がこんな風に言うなんて珍しいことだった。
いつもなら、彼女の気持ち良くなるところが見たいと僕が言っても、恥ずかしがって顔を覆ってしまうところだ。
僕は、体勢を変えて彼女を組み敷いた。
「そんな男を煽るような台詞、どこで覚えてきたの」
言いながら、自分の先端で彼女の奥を突き、抉る。
彼女は大きく喉を仰け反らせて、僕の背中につめを立てた。
周囲から迫ってきた熱い襞が、肉樹をきゅんと締めつけて、僕は思わず溜息を吐く。
「ホント、今夜の美穂はすごいな……僕の方が負けてしまいそうだよ」
視線が絡む。
彼女は、いつもみたいに頬を染めて目を逸らしたりはしなかった。
「あなたを愛しているの、翼……だから、お願い……」
「お願い?」
彼女が、とても真摯な様子で見つめてきたりするから、僕は少したじろぐ。
彼女はそのとき、心の中で何を思っていたんだろう。
「私のすべてを覚えていて……いつか、私があなたの前からいなくなっても、ずっとずっと忘れないでいて……」
「縁起でもないことを言わないの、僕とあなたが離れなきゃいけない理由なんて、どこにもありはしないでしょう?」
そう言って、僕は笑った。
僕の記憶が確かなら、彼女も笑った。
僕にはわからなかった。
濡れた瞳に宿った悲しげな光の意味するもの。
そのとき、それを尋ねていれば、2人のその後は違ったものになっていたのだろうか。
僕が果てようとするとき、僕の肩をきつくつかみ首筋に顔を埋めて、彼女は言った。
ごめんね、と。
つづく


2016年10月12日 Love is... トラックバック:0 コメント:0