美味しいご飯 =1=
「……最近、よく食うよな」
思わず呟くと、今にもピザの1切れに齧り付こうとしていた美桜は、心外そうな顔を俺に向けた。
「よく食うよなって、何よ」
「いや、文字通りの意味でさ」
「いいじゃない、美味しいんだからしょうがないでしょ」
それからまた、ピザとの格闘を再開する。
その食べっぷりの良さには、男の俺が感心するほどだ。
今日は日曜日。
俺は、昼前に彼女のマンションを訪れた。
日曜は、彼女の勤める「ベビードール」も店休で、部屋でまったりするのもいいし、彼女が望めば外へ出て、映画を観たりするのもいいかなと思っていた。
だが、俺の顔を見て彼女が開口一番に言った台詞は。
「いいところに来た。これからお昼にしようと思ってたの、何か食べたいものある?」
会っていきなり食い物の話かよ、と少し呆れながらも、美桜の好きなものでいいよ、と答えた俺に、美桜はしばし考えて、じゃあ、ピザでも取ろうかと提案してきた。
別に異議を唱えるものでもないから頷くと、彼女は電話で宅配のピザを頼んだ。
休日、恋人と2人で店屋物を食うっていうのも、それはそれで風情のあることかな、と内心でにやけたのも束の間。
30分ほどして届けられた品を見て、俺は驚いた。
Lサイズのどでかいピザ(チラシには3~4人分と書いてあった)に、山盛りのフライドポテト、チキンの照り焼き、シーザーサラダ、ペットボトル入りのコーラ。
俺たち以外にあと2人くらいいたって余るんじゃないかって感じの量だ。
「おい、美桜……これ、誰が食うんだよ」
「もちろん、直人とあたしに決まってるじゃない。あ、もしかして足りなかった?」
……そんなわけないだろ。
俺は思わず、見ているだけで胸焼けがしそうになったが、美桜はニコニコ笑いながら
「ほら、熱いうちに早く食べよう」
なんて言って、俺を促す。
「てか、お前、食い切れんのかよ」
「大丈夫、大丈夫。それに、直人だって食べ盛りでしょ。遠慮しないでいっぱい食べて」
そりゃ、俺だっていまだに成長期だから、食うことは食う。
だけど、運動していたころに比べたら、量的には格段に減った。
しかも、こんなジャンキーな食い物ばかり、一時に食べろと言われても無理な話だ。
それでも、チーズが糸を引くピザを手に取った美桜に、「はい、あ~んして」なんて可愛く勧められたら口を開けずにはいられない俺……ああ、情けない。
まあ、そんな美桜の手前、俺も頑張って食ったつもりだけど、美桜の食欲の旺盛さには正直、舌を巻いた。
……で、冒頭の「よく食うよな」の呟きへと話は繋がる。
こいつって、前からこんなに食うやつだったっけ?
もともと美桜は、俺の前でもあんまり遠慮というものがなくて(これは決して悪い意味ではなく、俺は彼女のそういうところも含めて好きだ)、一緒に飯を食っていても気取らないタイプではあったけど、ここまで豪快ではなかったように思う。
「あんまり食いすぎると太るぞ」
「いいの、いいの。あたしって、いくら食べても太らない体質みたい」
「あ、今の台詞、大多数の女の反感かったな」
冗談めかした俺の言葉に、美桜は小さな舌を覗かせて唇を舐め、そして言った。
「……世界中の人に嫌われたっていいもん、直人ひとりが好きでいてくれたら」
そんな風に言われたら、それ以上は何も言い返せなくなっちまう。
結局は、俺も美桜には弱いんだ。
「それにしても、いつもこんなに食ってんのかよ」
「まさか。直人と一緒のときだけだよ」
「俺?」
女って、好きな男の前では少しでも可愛く見られたいと思うもんじゃないのか?
率先してこんなにガツガツ食うかよ、普通。
「あたし、仲良い友達とかいないじゃん? ご飯もひとり、買い物もひとり、家で映画観るのもひとり、なんかね、毎日すごく味気なかった」
「……」
売れっ子の風俗嬢として、人気があるように見えても、実際はすごく寂しかったのだと言っていたことがある。みんながちやほやするのは「風俗嬢の亜紗妃」であって、美桜って名前のひとりの女の子じゃないのだとも。
「でもねえ、直人といると、何をしても楽しいし、何を食べても美味しい。ああ、あたし、生きて人生を謳歌してるんだなあって思うんだよね」
ちょっと大袈裟かなあ、と美桜は笑った。
俺は一緒には笑えなくて、ぎこちなく片頬を歪めるしかできなかった。
つづく


2016年08月17日 ありふれた日常で30のお題 トラックバック:0 コメント:0