外で =1=
「見て見て、先生。本当に、ここなら特等席だね!」
手に持ったバッグを置きもせずに、柚月が窓際へと走り寄る。
窓枠に四角く切り取られたような外の景色には、暮れようとする東京の空。
夜までには、まだ間がありそうだ。
僕と柚月は、とある高級ホテルの一室にいる。
けれど、今日の柚月には、このホテルの部屋自体は、まったく興味の対象外らしい。
「それにしても、柚月。こんなにギリギリの時期に、よく部屋なんて取れたね?」
この部屋、このホテルだけじゃない。
今夜、ある方向を眺めることのできるホテルの高層階は、多分どこも満室だろう。
これから開催される、人の心を躍らせるような一大イベントのために。
今日は、毎年の恒例になっている花火大会の日なのだ。
「パパとママのおかげ」
「御崎さんたちの?」
「うん」
柚月の両親というのは、日本有数の陶器メーカーである「MISAKI」の経営者、御崎幸太郎・佐和子夫妻。柚月は彼らの一人娘だ。
「パパがママにプロポーズしたのがね、この花火大会の日、この部屋だったんだって」
「へえ……御崎さんも粋な演出するね」
「パパって見かけによらずロマンチストだから。でもね、もっとすごいのはその後なの」
「その後?」
柚月は、ご機嫌な顔でニコニコと笑い、持っていたバッグを放り投げると、ダブルベッドの端に腰掛けた。
「ここは、パパとママの思い出の場所だから、花火大会のある日は、毎年ここで過ごすことにしてるんだって。だから、この部屋はパパ達のためにリザーブされてたの」
毎年、ということは、プロポーズの年から20年近く。
御崎幸太郎氏とその妻は、この部屋から花火を眺めながら、大切な記念日を過ごしてきたというわけか。
「羨ましいね……素晴らしいご両親だ」
「基本的に記念日好きなのね。でもまあ、20年近くもお互いを愛し続けてる、その愛情には頭が下がるけど。ホント、こっちが恥ずかしくなるくらい、今でもらぶらぶなんだから」
生意気な口をきいて溜息をついた柚月の隣りに、僕も腰を下ろす。
アップにされた髪の後れ毛を指で弄びながら、柚月が僕を見た。
「素敵なことじゃないか。僕は尊敬するよ」
「ねえ、先生。どうなってるだろうね……20年後のあたし達」
「柚月は、どうなっていて欲しい?」
「先生と一緒にいたい。できれば子供にも恵まれて、家族で花火が観れたら良いな」
「20年後の今日も、柚月は僕のものでいてくれるということ?」
軽くはたいた白粉のせいで、いつもより白さが際立つうなじに手を添えて、僕は訊く。
長い睫毛を伏せて、柚月は頷いた。
「ずっとずっと、30年でも50年でも……あたしは先生と一緒に生きていたい」
花のような赤い唇が囁く、身体が痺れるような甘い台詞。
僕はそれに引き寄せられるように、柚月を抱きしめてキスをした。
「好きだよ、柚月。今も、これから先も、ずっと」
「うん……」
細い身体をベッドに沈めようとしたその時、ドン、と重低音が響いた。
同時に、窓の外で眩い光が弾ける。
始まったのだ、花火が。
つづく


2016年07月30日 Addicted To You 番外 トラックバック:0 コメント:0