弥生ちゃんのひとりごと・2(7)
結局、何に乗る気にもならない、という佐和子の気持ちを汲んで、あたしたちは手近なジューススタンドに腰を下ろした。
「それにしても意外だったな、御崎さんが遊園地嫌いだったなんて」
冗談めかしてあたしが言うと、佐和子はぷうっと頬を膨らませる。
「ホントだよ。先に言ってくれればいいのにさ。あたしなんかに気を使って無理することなんてないのに、バカみたい」
「でも……嬉しかったでしょ?」
佐和子は、カフェラテを飲みかけていた手をちょっと止めた。
微かに染まった頬が、いかにも恋してるって感じ。
「そりゃあ、…嬉しくないわけはないけどさ」
「優しいんだね、御崎さん」
「……うん」
はにかみながら小さく頷いたあとで、だから甘えちゃうんだよね、と佐和子は言った。
「いいじゃん、甘えさせてくれるなら甘えても」
「幸太郎も、同じようなこと言う。俺が構わないって言うんだから、もっと甘えていいんだぞって。でも、あたしはやなの。いくら彼がそう言ってくれても、甘えて寄りかかってるばかりじゃいけないと思うの」
「どうして?」
尋ねられた佐和子は、顎に人差し指を当てて少し考えた。
「愛し合うって、相手に押し付けたり、逆に相手にねだったりするものじゃないと思う。何かを与えたり、与えられたり、共有したり、時には一緒に失くしてしまったり、そういうものだと思う。一方通行じゃダメなんだよね」
「ふうん……」
あたしは、曖昧に相槌を打った。
正直、誰かと本気で愛し合ったことのないあたしには、佐和子の言ってることもあんまりよくわからなかった。
同じ歳のはずの佐和子が、すごくオトナに見えた。
「まあ……偉そうなこと言っても、実際はあたしなんかまだまだ子供で、幸太郎に返せるものなんて何にもなくて、頼りなくて迷惑かけてばっかりなんだけどね」
「御崎さんは、そんな佐和子が可愛くてしょうがないって言ってたよ」
佐和子はそれには答えず、照れたようにエヘへと笑った。
「あ~あ、あたしも恋したいなあ……」
思わず口をついて出た呟きは、偽らざる本音だった。
佐和子と御崎さんを見ていると、心の底からそう思う。
「ねえ、佐和子……圭介さんって、彼女とかいるのかな」
「え?」
意外なことを聞かれたって感じで何度か瞬きした佐和子は、それでもすぐににやりと意味ありげな笑みを浮かべた。
「ははん、さては弥生ちゃん、圭介さんのこと……?」
「べっ、別に深い意味はないよ! ただ、御崎さんも彼のこと女っ気がないって言ってたし、ホントのところはどうなんだろうなと思っただけっ」
あたしは否定したけど、ちょっとムキになっちゃったところが、かえってその通りですと白状したようなものだった。
そんなあたしに、佐和子はわけ知り顔でうんうんと頷く。
「彼女がいるって話は聞かないなあ。圭介さんも、幸太郎に負けないくらいお仕事が忙しい人らしいし」
「どんな仕事してる人?」
「確か、不動産関係とか……あたしたちが今住んでるマンションも、圭介さんに仲介してもらったんだよ」
「へえ……」
不動産会社に勤めるサラリーマン、か。
乗ってる車や服装から、地味な会社員というのは想像しなかったけど、まあ、人それぞれの趣味ってものもあるだろうし。
「彼のこと、気になる?」
「う~ん、自分でもよくわかんないんだけどね……側にいるとドキドキするっていうか、なんだか、自分が自分でなくなっちゃったみたいで」
「あたしも、幸太郎と出会ったばかりのころはそうだったよ。それが何を指しているのかわからなくて、すごく戸惑った時期もある」
「え?」
それってどういう意味、あたしはそう聞き返そうとしたけど、佐和子はその先を濁すように笑って席を立った。
「最後に、ゴンドラに乗ろう。気になるなら、本人に直接聞いてみるといいよ」
さっきとは逆に、あたしは佐和子に強く腕を引かれながら、御崎さんと圭介さんの元に戻った。
御崎さんは、だいぶ落ち着いたみたいで、佐和子に向かってニッコリした。
圭介さんは、そんな2人を優しい瞳で眺めていた。
聞くって、何を聞けばいいの?
彼女はいますか、いなかったらあたしと付き合ってくださいって言うの?
そんなこと、女の子から言ってもいいこと?
あたしは悩んだけど、きっと自分がそうしてしまうだろうってことはわかってた。
だって、この胸のもやもやを解消するには、それ以外に方法がないんだもの。
目の前に、ゴンドラの乗り場が見えてきた。
あたしにとって、これからの20分は16年の人生の中で1番の山場になる、はずだ。
つづく


2016年07月12日 ill-matched ? 番外 トラックバック:0 コメント:0