when I'll be a grown up =2=
「失礼します。お茶が入りました」
さっき、僕を迎えてくれたお婆ちゃんが、トレイに紅茶のカップを載せて戻ってきた。
「ああ、ごめんね、気がつかなくて。どうぞ、上がって?」
そう言って、彼女は僕を玄関脇にあるとっつきの応接室に案内してくれた。
僕に3人がけのソファを勧め、自分は斜め向かいに腰を下ろす。
「まあ、そういうわけで、僕もあまりゆっくりはしていられないんですが……叔父さんは、何時ごろに戻られますか?」
「さあ……どうかしら? 今日は、うちの父と一緒に会合に出ているのだけど」
彼女の父親とは、陶器メーカー「MISAKI」を経営する御崎幸太郎という人だ。
国内では有数の大企業だから、名前くらいは僕だって知ってる。
柚月さんは、その御崎幸太郎のひとり娘で、彼女を娶った太陽叔父さんは、婿として御崎家に入った。
俗に言う逆玉の輿だが、当人にしてみれば、「いろいろと気苦労が絶えない立場で、愛がなければ到底続けてはいられない」のだそうだ。
まあ、学者畑からいきなりビジネスの世界に入り、その上婿養子じゃ大変なのも無理ないかも知れないけど……奥さんがこんなに可愛い人なら、僕だってきっと頑張るだろう。
「幸せそうですね……柚月さん」
「やだ、何なの、いきなり?」
「いや、別に……ただ、太陽叔父さんが羨ましいなと思って」
「うふふ、羨ましいだなんて変なの。ああ、もしかして……」
柚月さんは、何か思いついたように僕の方に身を乗り出した。
彼女の使っている石鹸かシャンプーか、清潔な香りが鼻をくすぐる。
「流星君、好きな人がいるんでしょう?」
「えっ?」
いきなり聞かれて、ちょっとドキッとする。
「あ~、赤くなっちゃって可愛い。そうよねえ、流星君ももう中学3年生だものね。彼女のひとりぐらい、いたっておかしくないのよね」
月日の経つのは早いわ、なんて彼女はひとりで感動している。
僕の好きな相手というのが自分だってわかったら、彼女はどんな顔をするんだろう。
幼いころは、僕にとっても「優しくて綺麗なお姉さん」だった彼女、でも今は……。
「それで? その子にはもう好きだって言ったの?」
「いや、まだ……」
「ふぅん、じゃあ片思いなんだ。流星君、カッコいいからモテそうだけど、見かけによらず純情なところもあるのね」
「ていうより、ちょっと無理めの人なんですよね。僕がどんなに思っても、相手は気にも留めてくれないっていうか」
言いながら、彼女の表情を窺う。
彼女は、うんうんと頷きながら僕の話を真面目な顔で聞いていた。
「いわゆる、高嶺の花ってやつ? でもねえ、そういう女の子に限って男の子のアプローチが少なくて、いつか誰かに熱烈に言い寄ってもらえるのを待ってたりするのよ」
「へえ……そうなんですか?」
「改めて立候補する男の子が少ないっていうのもあるんだろうけど。男の子の方も、最初から自分は無理だって諦めちゃったりするじゃない? だから、かえって積極的に迫ってみた方が効果的かも知れないわよ」
「柚月さんも、そうだったんですか?」
思い切って聞いてみると、彼女は少し驚いたような顔をした。
「あたし?」
「柚月さんも、綺麗だからモテたでしょう?」
「ううん、全然。ていうか、あたし、男の子にあんまり興味なかったの。小さいころから『御崎のお嬢さん』って誰からもちやほやされてたわりに、あたし本人より御崎の名前に惹かれて寄ってくる人ばかりで、早いうちから男の人に幻滅してたのね、きっと」
こんな話は流星君にはちょっと早いかな、と笑う。
そうでもないと思うけどね。
「でも、太陽叔父さんは違った?」
「先生? そうねえ……あの人の場合は、第一印象がとにかく強烈で。野暮ったくて無愛想で、本当に、今時こんな人がいるのかと思った。外見ばかり気にして中身のない男の人を見てきたあたしにとっては新鮮だったなあ。それで一目惚れしちゃったんだけど」
……結局は惚気か。
ホント、あんな冴えないオヤジのどこがいいんだ、人の好みというものはわからない。
「じゃあ、僕も思い切ってアプローチしてみようかな」
「そうそう、その意気よ、頑張って」
変なところで励まされた僕は、苦笑いしながら腰を上げた。
「それじゃ、僕、そろそろ失礼します」
「もう帰っちゃうの? ちょっと待って、先生に何時ごろ帰れるか電話を入れてみるから」
彼女が残念そうな素振りを見せてくれたので、僕も少し嬉しくなる。
本当に、僕が10年早く生まれるか、彼女が僕と同年代だったらと、無理なことを願わずにはいられない、可愛らしさを持った人。
「いえ、集合の時間は決められていますから」
僕は名残惜しい気分で彼女にそう言い、応接室を後にする。
柚月さんは、そんな僕を見送るために玄関まで出てくれた。
「また、機会があったら遊びに来てね」
「ええ、必ず」
僕が握手の手を差し出すと、柚月さんは少しも躊躇わずにその手を握り返した。
少し冷たくて、しっとりとした手だった。
「柚月さん」
「はい?」
「僕がこれからすること、太陽叔父さんには内緒にしてくださいね」
「……?」
怪訝そうに眉を顰めた彼女の手を、ぐいと引き寄せる。
歳こそ、僕の方が10歳も下だけれど、華奢な彼女に比べ体格的には十分勝っている。
一瞬ののち、彼女は抗う間もなく僕の腕の中。
何が起こったのかわからないといった表情を浮かべる柚月さん、その隙を衝いて、僕は彼女の唇を奪った。
想像していた通り、柔らかくて甘い唇の感触。
本当はもっと味わっていたかったけれど、今はこれで我慢しておこう。
「な、…何?」
やがて身体を離すと、開口一番、彼女はそう言った。
その声には、信じられない、といったような響きが混じっていた。
それもそうだろう、なんと言っても、僕は彼女の夫の実の甥なのだから。
「約束ですよ、太陽叔父さんには絶対に内緒」
呆けたような顔の柚月さんに微笑み返して、僕はそのまま玄関のドアを閉めた。
これが太陽叔父さんの耳に入ったら、大変なことになるだろうけど。
多分、柚月さんは言えないだろう。
それに……これで終わりってわけでもないし。
ねえ、柚月さん、僕はまだ諦めてないんですよ。
太陽叔父さんよりも良い男になる自信が、僕にはある。
だから、待っていてくださいね。
僕が、もう少し大人になる日まで。
= fin =
このあと、太陽が帰ってきて柚月は……?
柚月視点の続きが読みたい人は こちら からどうぞ。
ただし、お仕置き風味のエロ仕様。苦手な人はご注意を!(笑)


2016年06月13日 Addicted To You 番外 トラックバック:0 コメント:0