エピローグ =2=
大きく窓を取ったリビングは、戸外の寒さが嘘のような温室の暖かさだった。
「先生……抱きしめてもいい?」
あらためて訊ねられて、心臓が跳ねる。
戸惑いながらも頷くと、その途端に抱きすくめられた。
「ああ、参ったな……なんか、すごい嬉しい」
「え?」
「もう2度と、こんな風に腕に抱いたりはできないのかも知れないって思ったりしたから」
そんなことにならなくて良かった、私の首筋に顔を埋めて、彼はそう呟いた。
「……ごめん」
謝りながら、彼の背中に腕を回して抱きしめ返す。
それだけで、胸が潰れるくらいに切なくなった。
あらためて好きだと思った。
今、抱き合っているこの人のことが、私は好き。
「やっと捕まえたんだ、もう離さない」
「うん……離さないで、ずっと」
唇が重なる。
歯列を割って、侵入してくる舌。
そのあまりの激しさに、身体のどこかがきゅんとなる。
「んっ、……滝沢く、」
思わず引こうとした腰を引き寄せられ、かき抱かれる。
こんな翼君は――こんな風に余裕をなくした彼を見るのは、初めてだ。
「や、待っ……」
もう待てない、唇が触れ合ったまま、掠れた声で囁かれた。
心も、身体も、魂まで奪われてしまいそうな、激しいキス。
何も考えられなくなってくる。
わかるのは、自分が今、大好きな人に抱きしめられているということだけだ。
「あなたが欲しい、今すぐに」
ここで抱いてもいい、ゆっくりと体重をかけながら訊いてくる。
答える間もなく、絨毯を敷いた床に押し倒されていた。
「……やっ」
真昼の陽光が差し込む、明るいリビングの真ん中。
しかも、ここは他人の家だ。
けれども、圧し掛かる彼を押し退けようと伸ばした腕は、自分でも意外なほどに非力だった。
拒めるわけなんてない。
私も、彼が欲しいのだから。
「好きだよ」
「……私も、好き……」
真っ直ぐに彼を見上げると、彼の双眼が煌めいた。
その瞳にあるものは、愛……今この瞬間、私にだけ向けられた強い愛。
それをひしひしと感じて、涙が零れた。
「泣かないで」
さっきまでの激しさとは打って変わって、眦を拭うような優しいキスが落ちる。
どうして、こんなに愛しいのだろう。
「好きなの……大好きなの……」
私は何度も囁いた。
口に出さなければ、苦しすぎて胸が破裂してしまいそうな気さえした。
「今度こそ、本当に僕のものになって」
翼君の指が着衣にかかる。
私は、お見合いのために少しフェミニンなスーツを着ていた。
「この服、良く似合ってる。あいつに会うためだったと思うと少し妬けるけど」
でも、脱がせるのは僕だから結果オーライ、そう言って小さく笑った彼は相変わらず器用で、私はあっという間に全裸にされた。
彼と抱き合う時、私だけが裸にされて、服を着たままの彼に先にイカされる、ていうのがパターンみたいになっている。
でも、今日はそんなんじゃ嫌だった。
「滝沢君も、脱いで」
いつも受身なばかりの私がそう言ったので、翼君は本当に驚いたみたいだったけど、私は、ピッタリと寄り添った肌と肌で彼の温もりを感じたかった。
彼は黙ったまま着ていた服を文字通り脱ぎ捨てると、ゆっくりと私の上に戻って来た。
私は、彼の首に腕を回してぎゅっとしがみつく。
「もう1度、言って」
「うん?」
「あなたが、欲しいって」
翼君は、彼の首筋に顔を埋めた私の髪を梳いている。
それから、耳元に口を寄せてそっと囁いた。
「あなたが欲しい……先生の全てを残らず僕のものにしたい」
髪を掴まれ、少し乱暴に上向かされる。
再び繋がる唇。
今度は、私も夢中で彼の舌を求めた。
つづく


2013年01月12日 HAPPY-GO-LUCKY トラックバック:- コメント:0