beloved =21=
「あいたたた……」
志保による佐和子の「お嬢様教育」が始まってから数日が過ぎたある朝のこと。
ベッドから起き上がろうとした佐和子は、思わず呻いた。
「うん、…どうした?」
佐和子の声に、となりで眠っていた幸太郎も目を覚ます。
「あ、ごめん……起こしちゃったね」
「そんなことはいい、どうせしばらくしたら起きなきゃならねえんだ。それより、お前はどうかしたのか、どこか痛いのか?」
「ううん、大丈夫。ほら、最近慣れないことしてるから、ちょっと筋肉痛かなって」
佐和子は、眉を顰めながらも笑って見せたが、実際は、身体の節々がキィキィと悲鳴を上げているような気分だった。
佐和子は彼女なりに、痛い、なんて絶対に口にしないつもりでいた。
弱音なんて吐かないと決めていた。
どんなに辛くても、せめて幸太郎の前でだけは、元気な顔をしていなくちゃと思っていた。
「なんかとんでもない無理難題とか吹っかけられてんじゃねえだろうな、志保さんに」
佐和子は、自分が礼儀作法などの教育を受けるようになったことを、幸太郎には言わないつもりでいたが、彼は運転手である屯倉から早々にそれを聞きつけていた。
御崎の御曹司として一通りの作法と帝王学は幼少時から身について育ってきた幸太郎でも面倒だと思うような代物を、何の素地もない16歳の少女にいきなり全て覚えろと言っても無茶な話だ。
幸太郎は地のままの佐和子が好きだったし、むしろ彼の周りにいるような良家のお嬢様連中とは一風変わったようなところが彼の気に入っていたから、お仕着せの淑女教育など、彼女の魅力を損なってしまうだけだとも思った。
だが、佐和子は、そんな無理などすることはないと言った幸太郎に対して、きっぱりと首を振り、黒い瞳をひたと彼の顔に据えると
「いいの。幸太郎のお父さんに強制されたわけじゃない、あたしが自分で頑張るって決めたんだよ。あたし、絶対にあなたに相応しい女になってみせる」
と、彼女にしては珍しく強い口調で言い切った。
そんな佐和子に幸太郎は柄にもなく感動してしまい、「そうか、頑張れよ」とやっとの思いで言ってその肩を叩いてやったのだった。
「ううん、全然。志保さんも優しいし、あたしも、今まで見たこともなかった世界に触れることができて楽しいし、毎日すごく充実してる」
「それならいいんだが……辛いことがあったら、すぐに俺に言うんだぞ。我慢なんかするな」
「大袈裟だなあ、幸太郎は」
彼女はそう冗談めかして笑ったが、正直なところ、この数日間の厳しさは想像を遙かに超えていた。
たとえば彼女が毎日着せられている着物にしても、優雅で華やかで美しいものという認識しかなかったが、実際には着ているだけでかなりの体力を消耗するものだった。
佐和子は別に十二単を着せられているわけではないし、着慣れている人にはどうってことないのかも知れないが、彼女にとっては辛かった。
こんな格好で日常生活を送っていた昔の人って、きっとよっぽど根性があったに違いないと、佐和子は半ば本気で感心したほどだ。
幸太郎の手が、起き上がろうとした佐和子の首筋の辺りにそっと置かれた。
それから、そこをゆっくりと揉むようにする。
「あ……」
佐和子は、思わず小さく声を洩らしていた。
張った筋肉を解していくようなそれは、とても気持ちが良かった。
「やっぱ無理してんだろ……すげえ凝ってるじゃねえか」
ちょっとそこに座って肩出してみろ、幸太郎にそう促された佐和子は素直に従った。
ベッドに横座りになって幸太郎に背中を向け、パジャマを少しだけはだけて肩を出す。
幸太郎は、その肩に両手を置き、大きな手のひらを使ってそこを揉み始めた。
肩と首の付け根辺りを押されると、少し痛いけれど気持ちが良い。
「んん……」
本当は、幸太郎に肩を揉ませていることに気が咎めないでもなかったが、彼の手のひらが触れたところからは確実に凝りが解れていくのが感じられて、止めてと言うことができない。
「脱いじまえよ、背中も揉んでやるから」
言われた佐和子がパジャマの上着を脱ぐと、幸太郎はブラのホックを片手で外し、彼女の上半身を裸にした。
佐和子は自分の両腕で胸を隠しながらも、大人しく幸太郎のマッサージを受ける。
彼の手が背骨に沿って上下する度に、佐和子の身体の中に温かいものが広がった。
「……たく、こんな小さな肩にいろんなもん背負い込みやがって」
彼の両手が、肩の丸みを包み込む。
そして、うなじの窪みに湿った感触が押し当てられた。
「あっ」
そこにちゅっと音がするくらい強く口づけてから、徐々に唇が下がってくる。
耳のうしろ、首筋、肩口……その全てに跡を残すようにしながら。
「も、いいよ、幸太郎……だいぶ楽になったよ、ありがとう。でも、そろそろ朝ごはんの用意しないとね」
この流れに身を任せたら、当分ベッドを離れることができなくなることくらい、いくら鈍感な佐和子でもわかった。
それに、あちこちにキスマークをつけられるのは、ちょっと困る。
今日も御崎の家には行かなければならないし、着物に着替えるときには志保の前で下着姿になる。
そんなとき、見られて恥ずかしい跡が身体に残っているというのは……。
「バカか、今さら何野暮なこと言ってんだ」
笑った声で言った幸太郎の手の動きが大胆になる。
背後から回された手で乳房を強く掴み上げられ、佐和子は思わず喉を反らせた。
「あぁんっ」
ふくらみをやわやわと揉まれ、先端を指で擦られれば、抗いたくても抗えなくなる。
頭では何を考えていても、身体の方が彼の愛撫に反応し、すぐ熱くなってしまうのだから仕方がない。
「あ、も、…こ、たろ……やだ、ダメだってば」
「よく言うよ、身体はしっかり期待してるじゃねえか」
くくっと笑った彼の息が耳に触れ、それだけで頭の芯が痺れてしまう。
身体を捩って逃げようとしたところを軽々と抱き寄せられて、結局は彼の腕の中だ。
少し咎めるように彼を見上げた佐和子と目が合うと、幸太郎は苦笑を洩らした。
「どうしようもねえな、俺も……でもな、可愛くて仕方がねえんだよ、お前が」
言いながら、幸太郎が再び佐和子の乳房に手のひらを這わせる。
ひたひたと貼りついてくるような、彼女の肌の手触りが彼は好きだった。
「頼むから、必要以上に頑張ろうなんて思うな。お前は、今のままで十分良い女だ、この俺が保証する」
囁くように言って彼女の胸に顔を埋めた幸太郎の頭を、佐和子はぎゅっと抱きしめた。
「嬉しい……好きだよ、幸太郎……大好き……」
忙しなく動く彼の手が、ショーツの縁をくぐって秘所へと入り込む。
すでに疼き始めた核を軽く擦られただけで、佐和子はぶるっと腰を震わせた。
「キツかったら弱音を吐けばいい。辛かったら辛いって言えばいい。俺のためだなんて言って我慢するな。そんな無理をしてお前がどこぞのお嬢様みてえになっても、俺はちっとも嬉しくなんかねえからな」
佐和子は、こくこくと頷きを繰り返した。
彼の指先は、小さな肉芽を摘んでは弾き、弾いては擦り、執拗に刺激を与えてくる。
自らが溢れさせた蜜で彼の指が滑るのを感じ、さらに官能を掻き立てられた。
「あ、あ、…幸太郎、あたし、いっぱい濡れちゃう」
「ああ、もうグチョグチョだな。でも、それだって相手が俺だからだろ? 俺が欲しいと思うから濡れるんだ、そうだろ?」
「んぅ、ん……そうだ、よ、…あたし、幸太郎の前ではえっちなの。ちょっとでも触れられると、すぐに我慢できなくなっておねだりしちゃうような悪い子なの」
幸太郎が蜜をたたえた泉の入り口を焦らすように擽ると、その言葉通り、彼の指を飲み込もうとでもするかのように、迫り出した壁がひくひくと蠢いた。
「欲しいのか、佐和子?」
佐和子は、答えの代わりに潤んだ瞳で彼を見つめ、赤い舌を覗かせて唇を舐めた。
幸太郎の理性の箍を吹っ飛ばしてしまうには、十分すぎるほど艶めいた仕草だった。
「だったら、可愛くおねだりしてみろ。上手く言えたらご褒美をやるよ」
「あぁあ、幸太郎……欲しいの……あたしに、挿れて……あなたを、いっぱい感じさせて」
頬を上気させ、半分うわごとのような声で佐和子は言った。
それを聞いた幸太郎は、服を脱ぐ間も惜しむように穿いていたものをずり下げると、昂ぶった自らの分身を取り出した。
張り詰めた赤い先端は、すでに透明な液で濡れ光っている。
「そんな台詞、俺以外の男に言ったら承知しねえ」
今にも弾けそうな怒張の先を泥濘に押し付けると、熱く潤った襞に誘(いざな)われ、ソレは瞬く間に奥へ奥へと飲み込まれていった。
佐和子が満足げに低く唸り、肉壁がきゅっと彼を締め付ける。
「あふ、ん……幸太郎だけ……あたしには、あなたしかいないの……」
「そんな顔も、他の男に見せるな」
「わかって、る……だから、幸太郎が見て。あなたで感じてるあたしを、ちゃんと見て」
「ああ、見てるよ。いつもいつも、お前だけを見てる」
言うなり激しい抽送を開始した幸太郎の下で、佐和子は小さく喘ぎながら揺らされ続け、やがて彼の棹で撹拌された蜜がグチュグチュと淫らな音を立て始めた。
彼の先端が最奥を抉るたび、お腹の中に轟くような衝撃があり、そしてそれが小さな痺れとなって四肢にまで広がっていく。
「ああんっ、イイっ、すごくイイ、…死んじゃいそう、身体が蕩けちゃいそう」
「ううっ、俺も……お前に取り込まれちまいそうだ、ヤバイ……」
幸太郎の頭の中では、お互いの身体が溶け合い、ひとつになって、熱されたチーズのように蕩けていくイメージが広がっていた。
愛し合う最中に、こんな想像が浮かんだのは初めてのことだった。
「ああ、佐和子……お前はもう、俺の身体の一部だ」
自分と佐和子は、心も身体も共有し合って生きていくのだと思った。
何者も、一心同体となった2人を引き離すことなどできない。
「愛してる、佐和子……愛してる……」
抱きしめた佐和子の身体が弓なりに反り、意味不明のことを口走ると、彼女は全身を硬直させた。
繋がった部分に電気が走り、その震えが棹にまで伝わってくる。
次の瞬間、幸太郎も佐和子の真ん中に向かって精を放出させていた。
果てた後も、しばらくは放心状態で、どちらも口を聞くことすらできなかった。
だが、幸太郎も佐和子も、心の中は穏やかに満たされていた。
そして、どちらともなく見つめ合い、抱きしめ合う。
静かに流れる甘い時間。
この時間を失わないためなら、大抵のことは甘んじて耐えていけそうそうな気がした。
……大抵のことは。
つづく


2012年12月13日 beloved トラックバック:- コメント:0