petite pet =3=
それから2人は、佐和子の希望通り、手を繋いで表通りをブラブラと歩いた。
佐和子の手を引きながら、幸太郎は周りにいる男共の視線が気になって仕方がない。
愛しい恋人ながら、佐和子ほど美しい女はいないと幸太郎は思う。
染みひとつない磁器のような白い肌も、艶やかな黒い髪も、惹き込まれそうな瞳も、男の保護欲をそそる華奢な身体も、彼女の全てが自分のものだということに、誇らしささえ感じる。
今着ているキャミソール風の白いワンピースも、佐和子にはとてもよく似合っている。
むしろ、似合いすぎて眩しいくらいだ。
が、しかし……。
裾が短すぎやしねえか、胸元が開きすぎてるんじゃねえか、いや、そもそも生地が薄すぎて透けやしねえか、などなどなど……考え出せばキリがない。
どこにでも好きなところに連れて行ってやると言ってしまったのは自分の方だし、いつも大人しく文句も言わずにじっと俺の帰りを待っていてくれる佐和子に、気晴らしをさせてやりたいと思ったのも事実なのだが、こうなることも予想しておくべきだった。
白っぽい夏の日差しに、キラキラと輝いて見える佐和子。
そんな彼女を、行き交う男達の視線が追う。
ある者はすれ違いざまにさり気なく、ある者は露骨に、その種の欲望を剥き出しにして嘗め回すように。
冗談じゃねえ、と幸太郎は心の中で毒づいた。
佐和子は、この御崎幸太郎の惚れた女だ、お前らみたいな箸にも棒にもかからねえようなクソくだらねえ男が、気安く触れたりできるようなタマじゃねえ。
大事な大事な、宝物みたいな佐和子。
本当は、箱に入れて鍵をかけて、誰の目にも触れないところに閉じ込めて置きたいほどだ、と幸太郎は佐和子を連れ出してきたことを少し後悔しながら思う。
親ばかという言葉はよく聞くが、こんな幸太郎は、彼氏ばかとでもいうのだろうか。
「どうしたの、幸太郎?」
「……何が?」
「だって、すごい怖い顔してた。疲れちゃった? あたしといるの、つまんない?」
幸太郎は小さく笑って、佐和子の腰を抱き寄せる。
「んなわけねえだろう。佐和子といてつまんねえなんて、誰が思うかよ」
「じゃあ、楽しい?」
「ああ、楽しいよ。お前がもっと甘えてくれて、あれが欲しいとかこれが欲しいとか言ってくれればもっと楽しいだろうけどな。飾ってあるもん見てるだけじゃ面白くねえだろ」
「そんなことないよ。幸太郎と一緒に街を歩けるだけで幸せだもん」
「本当に欲がねえな、お前は」
嘆息しながら言った幸太郎に、佐和子は聞こえないくらいの低声で呟いた。
「違うよ……身分相応ってものを知ってるだけ」
そんな佐和子が、初めて魅入られたように足を止めたのは、とあるジュエリーショップのショーウィンドウの前だった。
「わぁ……きれい……」
「どれどれ?」
横から覗き込んだ幸太郎に、「あれ」と言って佐和子が指差したのは、銀色の台(多分プラチナだ)に透き通ったグリーンの石が填められたピアスだった。
「エメラルドだな」
「うん、そうだね」
「お前、エメラルド好きだよな。誕生石だからか?」
知り合ったばかりの頃、佐和子が幸太郎から「首輪の代わりに」と贈られたのも、プラチナにエメラルドの填まったペンダントだった。
もちろん、佐和子も後に自分に贈られるとは知らずに見立てたのだが、実際、エメラルドの深いグリーンの輝きは、佐和子の白い肌に良く似合った。
「買ってやろうか?」
「え……いいよ、すごい高そうだもん」
佐和子が言うと、幸太郎は彼女の頬を軽く抓った。
「こら、俺の前でそういう言い方はやめろって言ったろ。俺自身が惜しいと思ってねえんだから、お前も気にすることねえんだよ」
佐和子はしばらく件のピアスを眺めていたが、やがて顔を上げると首を横に振った。
「やっぱり貰えないよ」
「何だよ、まだ言ってんのか」
少し怒ったような声を出した幸太郎に、佐和子は慌てた様子で胸の前で両手を振る。
「ううん、違うの。幸太郎の好意が嬉しくないわけじゃないよ」
「だったら何なんだよ」
「買ってもらっても意味がないの。ほら、見て」
佐和子が黒い髪を掻き上げると、彼女のイメージに良く合うこじんまりとした耳が現れる。
その小さめの耳朶には、ピアスホールが開いていなかった。
「何だよ、穴がねえじゃねえか」
「そうなの」
「じゃあ、思い切って開けちまえ。ピアサーで挟んでバチンとやればそれで終いだ」
幸太郎の指が佐和子の耳朶をやわやわと摘む。
佐和子が、実は耳がメチャクチャ弱いのだということを、つい最近知った幸太郎。
胸や秘部と違って触りやすい場所にあるそれは、幸太郎のお気に入りの玩具だ。
今も、小さく「あっ」と声を上げた佐和子に、幸太郎は口の端を緩めて笑った。
「や、ぁん……やっぱりダメ、痛そうだもん」
「小学生じゃあるまいし……ちょっとチクッとするだけだろ」
「それでもヤダ。痛いの嫌い」
「なんなら、俺が開けてやろうか? 大事なとこのアナも俺が穿けちまったんだしよ、俺となら怖くねえだろ」
一瞬、幸太郎の言葉の意味がわからず怪訝な表情を浮かべた佐和子だったが、不意に顔から胸元までを真っ赤に染めた。
「もぉっ、こんなところでなんてこと言うの、幸太郎のバカ、変態!」
「へーえ、俺の言った意味がわかってんの? いやらしいな、佐和子」
佐和子は、頬を膨らませてさらに赤くなる。
完熟のトマトみてえだな、そう思った幸太郎は堪らなく可笑しくなる。
「バカっ! ホントにもう、知らないんだからっ」
繋いでいた手を振りほどいて、佐和子がさっさと歩き出す。
うしろから見ていてもわかるくらい、プリプリしているのが面白い。
幸太郎は笑いながら、彼女の後を追った。
つづく


2012年12月01日 ill-matched ? 番外 トラックバック:- コメント:0