Home Sweet Home =1=
電話のベルが鳴ってる。
しばらくすれば鳴り止むかと思ったが、これがなかなかしつこい。
ちょっと今、手が放せないんだから後にしてくれないかな。
「先生、電話……」
柚月が囁くような声で言う。
「わかってる……放っておけばいいよ、そのうち諦めるだろ」
「でも、大事な用件かも知れないよ」
それもそうか……。
僕は仕方なく、ベッドのヘッドボードに置かれた子機に手を伸ばした。
「もしもし」
「ハァイ、太陽。元気ぃ?」
その能天気な声を聞いた途端、僕の気持ちは地球の裏側まで落ち込んだ。
よりにもよってこんな時に。
「何か用か?」
つっけんどんな僕の言い方に、相手はコロコロと声を立てて笑った。
「用がなかったら電話しちゃいけない? 私と太陽の仲なのに」
「……用がないなら切るぞ」
こっちは結構本気なのに、相手は電話の向こうでまだ笑っている。
僕は今、大事な用事が控えているんだ。
お前なんかと不毛な話を続けている時間がもったいないくらいの、とっても魅力的な用事が。
「相変わらず冷たいのねえ」
相変わらずなのはお前だ。
僕が冷たいのは、時と場合と相手による。
「今、忙しいんだよ。悪いけど後で掛け直し――」
「何で忙しいのか当ててみましょうか?」
僕の言葉を遮った相手は、意味深に笑った。
「今、ネコちゃんと一緒でしょう?」
「当たり」
言いながら、僕は、目の前の柚月の背中を掌で撫でる。
窓から差し込む月明かりで、滑らかな肌が青白く光ってる。
「その様子だと、仲直りできたみたいね」
「ああ、まあな」
柚月の言葉を借りれば、らぶらぶであまあまな状態だ。
柚月とこうしている時には、本当に至福を感じる。
何処かの誰かが野暮な電話なんかかけてこなければ。
「柚月ちゃんだっけ、あんたのネコちゃん?」
「よく覚えてるな」
「ちゃんと可愛がってあげてる?」
「もちろん」
お前に言われるまでもない。
僕は柚月の柔らかな髪を掴んで、枕に埋められた顔を上げさせた。
そして、おもむろに泉に差し込んだ肉茎を突き上げる。
「あぁぁぁん!」
柚月は、今まで堪えていた声が一気に溢れたみたいな、甲高い嬌声を上げた。
受話器の向こうでも、その声が反響している。
恨めしそうに僕を振り向いた柚月の瞳が潤んでいた。
「あら……本当にお取り込み中だったみたいね」
「わかったら用件だけ言ってさっさと切ってくれ」
「だからぁ、この間から言ってるじゃない。帰って来なさいよって」
……またその話か。
ちょっと前からやたら帰って来いって煩い。
盆と正月には顔を見せに行ってるんだから、こんな何でもない時期にわざわざ帰ることもないだろうに。
結構面倒なんだよ、帰省っていうのも。
気乗りのしない僕に気付き、陽和が含み笑いを洩らしながら言う。
「良かったら、ネコちゃんも連れて来たら?」
柚月も、一緒に?
この提案には少し心が動く。
僕と旅行がしたいというのは最近の柚月の口癖みたいなものだし、もしかしたら、これはなかなか良い機会なんじゃないだろうか。
「今度の週末あたりなら、帰れなくもない」
「ちょっと、現金ねえ。ネコちゃんと一緒ならその気になっちゃうわけ?」
やっぱり妬けちゃうわね、と相手は言う。
大いに妬いてくれて結構だ。
僕の生活サイクルは、今や柚月を中心にして動いているのだから。
僕が小さく動きながら尻を撫でる度、柚月のしなやかな身体が淫蕩に揺れる。
ああ、こんな話は早く切り上げて柚月と楽しみたい。
「まあ、いいわ。今度の週末ね?」
「金曜日の午後にこっちを発つよ。それでいいだろ?」
「わかったわ。じゃあ、続きはゆっくり楽しんでちょうだい」
言われなくたって。
通話が終ったあとの子機をフローリングの床に放ると、僕は柚月に覆い被さった。
つづく


2012年09月13日 Home Sweet Home トラックバック:- コメント:0