SCOOP! =7=
「それは、つまり、その……」
あたしは、返す言葉に困ってもごもごと口ごもる。
桂木さんは、強いるわけでもなく、ただ静かにあたしの答えを待っている。
ここで期待されている「答え」は、ただひとつ。
たったひと言、こう言えばいい。
『わかりました、蒼とはもう会いません』
それが桂木さんの、ひいては事務所の望むところなのだろうし、今のこの状況を鑑みれば、あたしが身を引くのも当然のことのように思える。
でも……。
本当にそれでいいのだろうか。
蒼の気持ちは、そして……あたし自身の気持ちは。
「もし、蒼の方にもそれで異存がないというなら、あたしは、」
考えても考えても、他に選択肢なんてないんだって、意を決して口を開きかけたそのときだった。
いきなりものすごい勢いで、出入り口のドアが開いた。
室内を揺るがすほどの大きな音、思わずびくりとして振り返ったあたしの目に飛び込んできたのは、肩を怒らせて戸口に仁王立ちする蒼の姿だった。
心持ち頬を紅潮させ、唇を真一文字に結んでいる。
「蒼?! 何をしに来た、ほとぼりが冷めるまでは1歩も外に出るな、ホテルの部屋で大人しくしていろと言ったのを忘れたのか?」
桂木さんも、彼の姿を認めると本当に驚いた様子でそう言った。
けれども、そんな桂木さんには冷めた一瞥をくれただけで、蒼は大股であたしに向かって来た。
「行こう、藍」
おもむろに腕を取り、あたしをその場から連れ出そうとする。
まるで白馬に乗った王子様みたいに颯爽と現れた彼にときめくと同時に、今の彼の状況を思い出し、このまま言いなりになってしまってもいいものか戸惑う。
案の定、桂木さんは厳しい表情で蒼の肩をつかみ、彼の行方を遮った。
「おい、待て。お前、自分の置かれている状況がわかってるのか?」
「離せよ、あんたなんかにもう用はない」
「そうはいかない、俺はお前のマネージャーなんだぞ、お前はタレントとして――」
「だったら辞めてやるよ!」
堪えかねたように蒼が叫んだ。
桂木さんは、いかがわしい単語でも聞いた人のような顔をした。
「今、なんと言った?」
「聞こえなかったのか? 芸能界なんて辞めてやるって言ったんだよ、もうアイドルでもなんでもない、鷹宮蒼って名前のただの男に戻るんだ」
「ばかを言うな、そんな勝手が許されると思うか」
「許すも許さないもない! 俺の人生だ、身の振り方は自分で決める、他人にあれこれ指図される謂れなんてない」
「いい加減にしろ、蒼! 少し頭を冷やしたらどうなんだ」
「頭を冷やす? 冗談じゃない、俺はいたって冷静だよ、どうかしてるのはあんたの方だ」
「なんだと? 俺はな、お前のためを思って――」
そのとき、言いかけた桂木さんの襟首を蒼がつかみ上げた。
「俺のため? 笑わせるな」
長身の2人が、胸を突き合わせるようにして睨み合う。
「だったら聞くよ。俺をホテルに閉じ込めておいて、ここで藍に何を言った? 蒼にはもう近づくなとでも言ったか? 事務所のやり口なんてわかってる、蒼の将来のためだとか言って上手いこと言い包めようとしたんだろ、違うか?」
「それは……」
言いよどむ桂木さんを、蒼はばかにしたように鼻であしらった。
「答えられないよな? まあそれも当然か、その通りのことをしたんだろうから」
はっと乾いた笑い声を上げて、蒼は桂木さんを突き放した。
その蔑むような冷たい視線が、蒼の心情を物語っている。
深いところで強く結びついていたはずの2人の絆に生じた亀裂を、あたしはこのときはっきりと見た。
「あんたには世話になったよ、桂木さん。事務所にも恩は感じてる。でも、誰にだって譲れないものはあるし、後戻りできないときもある」
「蒼、頼むから話を聞け」
「……悪いけど」
それだけを言い置くと、蒼は再びあたしの腕を取った。
「嫌な思いをさせてごめん。もう、心配することないから」
「でも……」
「大丈夫、後悔はしないよ」
打って変わった静かな口調、温かな眼差し。
その穏やかさの陰に垣間見れる、諦めにも似た優しさ。
半ば強引に腕を引かれながら、あたしはその場から動けない。
これでいいの、蒼?
本当にこれでいいの?
絶対に後悔しないと言い切れるの?
あたしは、これで満足なの?
去り際、半ば呆然とする桂木さんに駄目を押すように、蒼は言った。
「誰がなんと言おうと、俺は藍とは別れない」
――かけがえのない存在なんだ、もう手離せない。
ああ、どうしよう……そんな言葉、聞かなければよかったのに。
つづく


2012年08月22日 SCOOP! トラックバック:- コメント:3