SCOOP! =4=
あたしは、テレビの前のソファに陣取って、お目当ての番組が始まるのを待っていた。
今夜は、大きな芸術祭の授賞式があり、その模様が生中継で放映される。
去年の受賞者である蒼はプレゼンターとして登場するほか、今年も、彼の主演した映画が自身を含め各賞にノミネートされている。
授賞式そのものが重要なイベントであることはもちろんだけど、今夜の中継の目玉は、その場に集まったタレントや著名人のいでたちを観賞することにあるらしい。
会場の前では、多くの取材陣が、招待客の到着をいまや遅しと待ち構えている。
次々と高級車から降り立つ有名人たちが、カメラに向かってにこやかに手を振りながら赤い絨毯の上を歩き、会場の入り口でリポーターに身に着けたドレスやアクセサリーを褒められている。
誰もがきれいで華やかで、セレブと呼ばれるに相応しい人たち。
テレビの向こうに広がっているのは、あたしなんかが手を伸ばしても、絶対に、絶対に届かない世界だ。
本来なら、蒼も、あの世界の住人だ。
でも、彼は時どき、窮屈なお城の暮らしに飽きてお忍びで城下を探索するお転婆なお姫様みたいに、ひょっこりとこちらの世界に姿を現す。
そして、あたしにもひと時の夢を見させてくれる。
砂糖菓子のように甘い言葉や、蕩けるほどに熱い抱擁で。
彼をそのままこちらの世界に引き止めておきたいと思うことも、たまにはあるけど、それはあたしが望んだらいけないことで、あたしは努力してその気持ちを押さえつける。
どんなときでも、蒼には前に進み続けて欲しいし、あたし自身がそんな彼の妨げになるのは嫌だった。
「ほら、藍ちゃん、お待ちかねの蒼くんの登場だよ」
並んで座っていた妹の茜に、わき腹をつつかれて我にかえる。
あたしは慌ててテレビに視線を向ける。
画面には、たくさんのライトに照らされた、蒼の笑顔が大写しになっていた。
さらさらとした少し長めの髪が、今夜は軽くうしろに撫で付けられているせいで、顎から耳にかけてのラインがきれいに出ている。
カジュアルを好む蒼には珍しいフォーマルな装いも、しっかりと様になっている。
「蒼、カッコいい……」
彼の姿を目で追いながら、胸の前で両手を握り締め思わず呟いたあたしに、茜はぷぷっと吹き出した。
「瞳までキラキラさせちゃって、相変わらず蒼くん贔屓だね、藍ちゃんは」
「うるさいな、だって、蒼がカッコいいのは事実でしょ」
「はいはい、相手がいくら手の届かないアイドルだって、憧れるのは個人の自由だもんね」
「…………」
今どきの小学生は、言うことまで大人びてるから癪に障る。
それでも、まさか実は付き合っているんだとも言えないし。
「鷹宮蒼さんが到着されました!」
エントランスにはインタビューのために周りよりも1段高くなった場所が設けられていて、そこで蒼を迎える女性リポーターは、彼女自身が蒼のファンでもあるのか、頬を紅潮させて興奮した様子だった。
型通りの挨拶にはじまり、最近の活躍についてや、授賞式に臨む自信のほどなどを聞かれ、蒼はそつなくそれに答えていく。
その間も、蒼の周りでは、彼の表情の変化をひとつでも撮り洩らすまいとするかのように、フラッシュが盛大に光っている。
「それでは最後に、テレビの前のファンの皆さんにメッセージがあれば」
リポーターは、カメラの列に手のひらを向け、どうぞと蒼を促した。
すると蒼は、人差し指と中指を揃えてそっと唇に当て、それをゆっくりとカメラに向かって離すという仕草をして見せた。
俗に、投げキスというやつだ。
それから、声は出さずに口だけ動かして、何か言った。
それは、少なくともあたしには、「愛している」と言ったように見えた。
一気に、その場にいた取材陣が騒然とした。
もし、これが蒼でなかったら、人気アイドルとしてのファンサービスと取れないこともなかっただろう、でも、蒼はもともとこういう類のことを進んではしたがらない人だった。
アイドルでありながら、はしゃがない、あまり多くは喋らない、見ようによっては無愛想でもあるところが、かえって彼の魅力でもあったのだ。
そんな彼が、公の場で、カメラに向かってキスを投げ、愛の言葉を口にした。
幾度の熱愛発覚の噂にも首を縦に振らなかった蒼にも、ついに本命が現れたか、とマスコミが息巻いたのも無理はない。
こんなときに自惚れを言ってもいいのなら、キスを投げられた当人であるべきあたしでさえ、テレビの前で唖然としていた。
これが事務所の指示であるはずがない、だとすれば、蒼の独断ということだ。
――こうやって、こそこそ会うの、もう嫌なんだ。もっと堂々としたい、みんなの前を手繋いで歩きたい、俺は君が好きだって、恋人だって宣言したい。
あの日、いつになく思いつめた表情で言った蒼。
あたしが彼の言葉に賛成しないことがわかると、どこか傷ついたような顔をしていた。
そのせいか、翌日はひどく荒れていたらしいけど、それも桂木さんが上手く取り成してくれたはずだ。
だから、こんな形で、なんてまさかとは思う、有り得ないことだと思う、でも……。
できるなら、全部、あたしの思い過ごしてありますようにと願った。
けれども、それは杞憂では終わらなかった。
つづく


2008年03月04日 SCOOP! トラックバック:- コメント:-