Precious Delicious =1=
遅い午後、自分の部屋。
あたしは、ベッドに仰向けで寝転がって、天井に貼られた蒼のポスターを眺めてる。
学校帰りにうちに寄った友紀ちゃんは、カーペットを敷いた床に腰を下ろし、ベッドを背もたれにして買ったばかりの雑誌を読みふけってる。
あたしも、友紀ちゃんも、今日はあんまり口をきかない。
いくら仲が良いといったって、毎日学校で顔を合わせているんだし、たまにはこんな風に話のネタが尽きることだってある。
もちろん、友紀ちゃんとお喋りしたり遊んだりするのは楽しいんだけど、こうして何をするわけじゃなくても、一緒にいるだけでなんとなく落ち着く。
友紀ちゃんといると疲れない。
仲の良い女友達はいっぱいいるけど、そんな風に思うのは友紀ちゃんだけ。
間違いなく、友紀ちゃんは、あたしの唯一無二の親友だ。
友紀ちゃんの様子を窺いながら、あたしは、ずっと聞きたいと思っていたことを口にするのに、今が好機かどうかを考える。
学校じゃ周りが気になって聞けないし、こんな話をするためにあらためて電話をするのもどうかと思うし、メールじゃ意図が上手く伝わるか不安だし。
……やっぱ、今がチャンスかなあ。
「友紀ちゃんさあ……ひとつ、聞いてみてもいい?」
そう声をかけると、友紀ちゃんは読んでいた雑誌から顔を上げてあたしを見た。
「いいよ、何?」
「う、うん、…なんていうか、その……」
言いかけて、また少し躊躇う。
友紀ちゃんの、リスみたいにくりっとした大きな瞳で見つめられたら、自分がこれからしようとしている話がものすごく破廉恥なものに思えてきて、なんだか妙に気が引けた。
でも、他に相談できそうな人はいないし、ここは友紀ちゃんだけが頼りだ。
「あ、あのさ……、変なこと聞くやつだって、思わないで欲しいんだけど」
口ごもるあたしに、友紀ちゃんはくすっと苦笑を洩らす。
「なによ、あらたまっちゃって。藍が天然なのはずっと前から承知です、今さら何を聞かされても変だなんて思いません」
そう言って、友紀ちゃんは話の続きを待つように軽く小首を傾げた。
その仕草が、“彼”にちょっとだけ似てるなあ、なんて思いながら、あたしは思い切って口を開いた。
「あの、ね、……男の人のアレって、美味しい?」
「――ぶっ、」
その途端、友紀ちゃんは、飲みかけていたジュースを吹き出しそうになってけほけほと咳き込んだ。
あたしは慌ててハンカチを差し出す。
「やだ、そんなに驚いた?」
「驚いたよ! もうっ、なんてこと聞くの、いきなり?!」
「変なこと聞くけどって、ちゃんと最初に断ったよ」
「それにしたって唐突すぎだよ、かしこまって何を言い出すかと思えば、そんな……ていうか、真面目な顔でそんなこと聞く、普通?」
「……ごめん」
「別に、謝るほどのことじゃないけど。でもさ、珍しいよね、藍がそういう、…えっちに関する話とかするの。女の子同士で猥談してても、一歩引いてる感じじゃん、いつもは」
あたしの問いがよほぽど意外だったのか、ハンカチで口に周りを拭きながら、友紀ちゃんはまじまじとあたしの顔を覗き込んだ。
「どうして、急にそんなこと言い出したの?」
「う~ん……どうしてって、ちゃんとした理由があるわけじゃないけどさ……」
実際、友紀ちゃんが驚くのも無理ないと思った。
あたしは今まで、えっちにはあまり興味がなかった。
なんか動物めいた欲望突っ走り、みたいな感じが生々しすぎて嫌だった。
だから、友達が彼氏とのえっちで、なんて話をしてても、いまいち輪の中に入って一緒に盛り上がることができなかった。
自分自身、してもすごく気持ちイイなんてことなかったし、どうしてみんな、こんなことに夢中になるんだろうって不思議に思ってたくらいだ。
彼に、会うまでは。
彼と出会って、恋に落ちて、大好きな人とするえっちが素晴らしいものだと知るまでは。
「彼に、して欲しいって言われたの?」
「何を?」
「だから、フェラチオ」
友紀ちゃんは、実にあっさりとその単語を口にした。
おっとりして見えて、こういう点、実はあたしよりもずっと発展的だ。
「フェ、…ていうか、その……」
口ごもるあたしを、友紀ちゃんは興味津々といった感じの顔で見た。
「あれあれ、赤くなっちゃって、もしかして図星?」
「…ちっ、違うよ、無理にしろって言われたわけじゃないよ」
「じゃあ、自主的にってこと? へ~え、藍がねえ……」
友紀ちゃんは、何を考えたのか意味ありげにニヤニヤと笑う。
あたしはどんどん赤くなって、これじゃ言わなくても白状してるのと同じだ。
「なによぅ、気持ち悪い笑い方しないでくれる」
「照れない、照れない。そっか~、藍も大人になったわけだ、よしよし」
頬をふくらませたあたしの頭を、友紀ちゃんはぽんぽんと軽く叩いた。
やっぱり言わなきゃ良かったって、後悔してももう遅い。
こうなったら、奥手なあたしが知らなかったこと、ちゃんと教えてもらわなくちゃ。
つづく


2007年12月27日 Precious Delicious トラックバック:- コメント:-