SCOOP! =14=
一足早く、プレス向けの試写会で、完成した映画を観た。
例のサプライズのシーンは、今すぐ女性をナンパして成功するか否か、という賭けを仕掛けられた主人公が、たまたまそこにいた女の子(あたし)に声をかけるという設定だった。
その後、ふたりの仲が発展することはなく、文字通り、その場限りのシーンだった。
チョイ役だったあたしは、蒼に抱き寄せられた際にうしろ姿こそ映ったものの、もちろん顔が見えることも、クレジットに名前が載ることもなかった。
だけど。
「決めた、俺、この子と付き合う」
蒼は本当に生き生きとした表情で、その台詞を口にした。
「だって、一目見て好きになっちゃったんだ、仕方ないだろ?」
「軽そうに見えて俺、意外と一途なんだ、君の方にも異存はないよね?」
あたしの腰を抱き、あたしを見つめて、蒼は言った。
そして、あの長い長いキス。
あれは、演技だっただろうか。
あたしは、そうは思わない。
蒼は、ずっとずっと、したいと思っていたことを実現させたのだ。
それは、大勢の人の前で、あたしを好きだと公言すること。
あのシーンに託した俺の真意なんて、伝わらなくてもいい。
ただただ、世間に向かって、君は俺のものだよと大声で宣言したかった。
たとえそれが、俺の自己満足でしかなかったとしても。
撮影が終わったあと、サプライズに腹を立てて彼を詰ったあたしに、蒼が言った言葉だ。
映画が一般公開され、あのシーンがさらにたくさんの人の目に触れたとき。
蒼の思いは、現実のものとなる。
ひどく回りくどくて間接的なものではあるけど、現在の蒼の立ち位置を考えれば、これが精一杯だっただろう。
ふたりで蒼の部屋に戻って、映画の感想を話し合っているとき、あたしは、ずっと気になっていたことを言ってみた。
「あんな勝手なことして、また事務所から叱られても知らないから」
「それがそうでもないんだな、あの段取りを考えたのは桂木さんだからね」
蒼は、思わせぶりな感じでにやりと笑った。
「あの人、ちょっと考えがあるって言ってただろ? 俺も君と、あれは事務所の力で早々に騒動を鎮火させることだったんだなって笑ったけど、違ったんだ」
「どういう意味?」
「騒動のほとぼりが冷めたころ、俺、言われたんだけど」
今回の騒動で、お前の気持ちはよくわかった。
俺が、お前の望みを叶えてやる。
堂々と、世間に向かって、藍ちゃんのことが好きだと言えば良い。
周りのやつらだってぐうの音も出ないような舞台を、俺が用意してやるよ。
「俺も、最初は言ってる意味がわからなかった。まさか、本気で交際宣言しても良いなんて言うわけがないし、絶対に裏があると勘ぐってもみた、でも」
そこで、蒼は、何かを思い出したように小さく吹き出した。
「サプライズと称して藍ちゃんを呼び出した、監督やスタッフにも話をつけてある、一世一代の大舞台だ、しっかりやれよと言われて、やっとわかったんだ」
君のことは驚かせてしまって悪かったけどね、と悪いとも思ってない口調で言う。
確かに、びっくりしたなんてもんじゃないし、心臓が止まるかとも思った。
でも、こうして経緯を聞かされた今となっては、もう怒るに怒れない。
「権力とか圧力っていうのは、こういうときに使うんだなって、変に感心しちゃったよ」
悪びれもしない蒼を軽く睨んで、あたしは嘆息する。
「これから蒼、責任重大なんだからね」
「うん?」
「あの映画、きっとすごい数の人が、映画館に観に来るし、そのあとも、DVDになって何万枚も焼かれたり、動画がアップされたりして、たくさんの人が観るよ」
そうだね、そうなったら有難いことだね、と蒼は言う。
あたしはちょっと焦れて、だから、と語気を強める。
「そのたくさんの人、みんな証人だよ、あとから後悔して、あのシーン取り消したいって蒼が思っても、できないよ、ずっとずっと残るよ」
「俺がそのうち心変わりするみたいな言い方だね」
「……しないって、言いきれる?」
「当たり前だろ」
蒼は、あたしをふわりと抱きしめた。
「マスコミも、考えてみれば気の毒だよな、あれだけ大騒ぎしたのになかったことみたいになっちまってさ、実際は正真正銘の大スクープだったのに」
他人事のように言って、屈託なく蒼は笑う。
まったく、誰のせいであんな騒ぎになったと思ってるの。
アイドルとしての自覚のなさを咎めようと口を開きかけたのを遮るように、蒼は、あたしをやわらかく押し倒す。
「映画の宣伝ってことにされちまったけど、あの投げキスと、そのあとに言った言葉は、藍に向けて、俺の本心から出たものだよ」
そうだ、彼はあのとき、人差し指と中指を唇に当てて離したあと、声にこそ出さなかったけれど、カメラに向かってはっきりと愛していると言ったのだ。
ただの気障なポーズに見えた投げキスに、秘められたその意図を、あたしは知っている。
世間の人から見たら、映画のワンシーンでしかなくても、隠されたその秘密を、あたしは知っている。
大声で言い触らしてくれたりしなくていい、スクープだなんて大々的に取り上げてくれたりしなくていい。
あたしと蒼、ふたりだけが知っている、それだけで十分だ。
「俺は、藍とのことなら、いつすっぱ抜かれても構わないんだけどね」
なんて、懲りずにまたそんなことを言う。
困った「国民的アイドル」だけど、許しちゃうのは、惚れた弱み。
みなさんも、スクープにはくれぐれもご用心を(笑)
= fin =


2017年04月17日 SCOOP! トラックバック:0 コメント:0