SCOOP! =12=
それから間もなく、蒼の主演する映画の制作発表が、大々的に行われた。
イメージカットには、例の映画祭で蒼が見せた、投げキスの仕草にそっくりなポーズが使われていた。
おかげで、と言っていいのかわからないけど、あれほど盛り上がった蒼の熱愛騒動も、映画の前宣伝だったというオチで、早々に収束してしまった。
もちろん、事務所がそういう流れになるようにメディアを誘導したのだし、ネットを中心に簡単には納得しない層もいたにはいたけど、世間的にはそれで済んでしまったようだ。
この業界での宣伝の常套手段だ、こうなることは最初から予想していた、と語る自称「事情通」まで登場して、何も知らないくせに誰が事情通だよと、蒼が呆れていた。
かく言うあたしと蒼も、桂木さんの言っていた「ちょっとした考え」っていうのは、事務所の力を使って、こんな風に強引に事態を終わらせることだったんだねと笑って話した。
肝心の映画はといえば、多少のコメディー要素も入った恋愛もので、シリアスな役柄の多い蒼には珍しく、新境地が開けるか、とすでに話題らしい。
完成披露までは詳しいストーリーが明かせないそうで、あたしも、どんな映画になるのか今からすごく楽しみだ。
桂木さんが上手く立ち回ってくれたのか、騒動について、蒼へのお咎めはなかった。
あたしとのことも、調子に乗って羽目を外しすぎたり、今回のように突飛な行動に出さえしなければ、今まで通り、黙認してくれることになったようだ。
それは、あたしにとっても有難いことだったし、また蒼の事務所の業界内での影響力というものを認識する機会にもなった。
芸能界に限らず、大人の世界の難しいことなんてわからないけど、ときには長いものに巻かれなければならないこともあるんだなと思った。
そんな折、桂木さんから電話があって、件の映画の撮影を見学に来ないかと誘われた。
蒼自身ではなく、桂木さんからのそんな誘いなんて滅多にないことで、ちょっと意外に思いながらも、あたしはぜひ行きますと答えた。
電話の切り際、桂木さんは少し悪戯っぽく声を落として、サプライズだから蒼には内緒にねと言った。
蒼は時どき、長い撮影中にぷつんと集中力が切れて、ふらりと現場を抜け出してあたしに会いに来てしまったりするから、その予防策でもあるのだろう。
いろいろ気を使って大変ですね、と冗談めかしてあたしが言うと、俺も好きでやってるんだ、意外と楽しんでるよ、と桂木さんは笑って答えた。
そして当日。
蒼には見つからないように、現場の外で桂木さんと落ち合うと、あたしの顔を見るなり開口一番、彼は言った。
「いやあ、参った」
「どうかしたんですか?」
「手違いで、エキストラがひとり足りなくてね、手配も間に合わないしどうしたもんかと」
「それは大変ですね、大事な役柄なんですか?」
「いや、それほどでもない、顔も映らないチョイ役だよ」
でも、エキストラの配置なんかもちゃんと計算に入れて、カメラ割もしているからいないと困るんだ、と頭を毟る。
そのまましばらく唸っていた桂木さんだったけど、ふと顔を上げてあたしを見た。
「ものは相談だけど、藍ちゃん、やってみない?」
「え、……あたし、ですか?」
急な話で、正直、戸惑った。
エキストラなんてやったことないし、自分に務まるかどうかも分からない。
「でも、あたしなんか素人だし、経験ないし……」
「大丈夫、台詞もないし、ただそこにいるだけでいいんだ」
頼むよ、なんて頭まで下げられたら、断れない。
もとより、桂木さんにはいつも本当にお世話になっているし、恩返しをするには良い機会かもしれない。
「わかりました、あたしでお役に立てるなら」
桂木さんは心の底からほっとしたような顔で、助かるよありがとうと言った。
それから、すぐ控室みたいなところに連れて行かれ、髪とメイクを手早く直され、最後に衣装を手渡されて着替えた。
顔も映らないチョイ役だと言われたのに、衣装まであるなんてずいぶんと厚待遇だ。
まあ、それだけこだわりのある映画ってことだろうし、エキストラひとり足りないくらいのことで、桂木さんが頭を抱えるのも無理はないのかも。
スタジオの中に作られていたのはカフェのセットで、エキストラの面々はそれぞれに与えられた持ち場に着き、大まかな演技指導を受ける。
あたしは、ひとりで席に座り、コーヒーを飲みながら本を読んでいる役柄らしい。
他には、口パクでいかにも楽しそうにお喋りしているところを演じなければならない人なんかもいて、ひとりで黙って座っているだけでいいなら、まだ気も楽だ。
やがて、ADらしき人が、「鷹宮蒼さん、入りまーす」と大声で言った。
もうすぐ、蒼が現れる。
もともと、今日あたしがここに来ることは蒼に知らせてないし、その上、まさかエキストラになって撮影に参加してるなんて思ってもみないはずだ。
あたしに気づいたら、蒼はどんな顔をするだろう。
もちろん、その他大勢に紛れてしまって、気づかない可能性もあるけど。
あたしは、柄にもなく少し緊張して、胸がドキドキと鳴った。
つづく


2017年04月15日 SCOOP! トラックバック:0 コメント:2