SCOOP! =10=
「お前はともかく、藍ちゃんのプロフィールが1度でもメディアで取り上げられたら、とんでもないことになるだろうな」
「……どういう意味だ」
「おいおい、恍けるなよ、わからないはずはないだろ?」
桂木さんは外国人みたいに、両手のひらを上に向けて肩をすくめて見せた。
「今の時代、個人でも簡単に身元を特定されちまう。ネットを介して拡散されれば、あっという間に誰でも有名人だ」
あたしに視線を当て、良い意味でも、悪い意味でもね、と続ける。
「1度広まってしまえば、どう足掻いても収拾なんてつかない。口さがないやつらは、藍ちゃんのこともあれこれ言うだろう。蒼を誑かし、引退を唆した性悪女、とかね」
「そんなのはデマだ」
「事の真意なんて関係ないのさ、それが嘘でも本当でも、誰かを叩く理由さえあればいい」
「藍が叩かれなきゃならない理由なんてひとつもないだろ!」
蒼は大きな声で言って、まるで目の前にそうする人がいて、その人から匿うように、あたしを自分のうしろに置いた。
「俺が勝手に、芸能界に嫌気がさして辞めるんだ、藍はこのことには無関係だ」
「それを判断するのは当事者であるお前らじゃない、ファンや視聴者、世間の人たちだ」
当事者、と言われてなぜか二の腕に鳥肌が浮いた。
蒼のことはとても近しく感じるけれど、彼が身を置く芸能界は、ひどく遠い、例えば鏡の向こうの世界のように思っていた。
今回の騒動も、巻き込まれたのは蒼で、あたしは輪っかの外にいるつもりでいた。
もちろん、騒動の原因の一端はあたしにもあるし、完全な部外者ではないにしても、自分がその渦中にいるとは考えていなかった。
でも、桂木さんの言う通り、当事者は蒼と、あたしなのだ。
「顔が知られ、学校や住所が知られ、いろんな奴らに追い掛け回されることになる。望む望まないにかかわらず、藍ちゃんは日本一有名な女子高生になるだろう」
「そんな……」
あたしは思わず蒼の腕に縋って、怖いと言った。
蒼は、彼の腕に添えられたあたしの手を軽く叩いて、大丈夫だよと言った。
「ただの脅しだ、心配することはない」
桂木さんは聞こえないフリをして、ソファの背凭れに寄りかかり、長い脚を組む。
その拍子に、アイスペールの氷がからりと鳴った。
「家にも、学校にも、リポーターや野次馬が押し掛けるだろう。鷹宮蒼に引退を決意させるほどの女だ、顔を見たい、素性を知りたいと思うのは人情だからね」
「そんなの、困ります、あたし……」
「謂われないバッシングを受けるかもしれない、家族や周りの人間に迷惑がかかるかもしれない、そんな状態じゃ、学校だって通い続けていられるかどうか――」
「いい加減にしろ!」
とうとう、ひび割れたような声で、蒼が叫んだ。
「言いたいことがあるならはっきり言えよ! つまらないことを吹き込んで、藍を脅かすのはやめろ!」
「本末転倒だな、事務所に黙って勝手なことをした挙句に、アイドルを辞めると駄々をこねて、藍ちゃんを巻き込んだのはお前の方だ」
「だったら余計、藍に罪はないだろ!」
だから、と桂木さんは幼い子供に言って聞かせる口調になった。
「事務所の言う通りにしていれば悪いようにはしない。ふたりのことは業界内での公然の秘密として、今まで通り付き合っていけるようにしてやる。そうすれば藍ちゃんだって、怖い思いをしなくて済む。それが事務所の意向なのに、何が不満なんだ」
「これ以上こそこそしたくない、俺は藍と、堂々と付き合いたいんだ」
でも、俺がアイドルなんかでいる以上、無理な話だろ、と吐き捨てるように蒼は言う。
あたしは悲しくなった。
蒼は、国民的アイドルと呼ばれる自分に、誇りを持っていたはず。
決して楽ではないし、楽しいことばかりでもないと、たまに不平を託ちつつも、プライドと責任を持って仕事をこなしていたはず。
あたしは、そんな彼を見るのが好きだった。
そんな彼を陰で支えることができてうれしい、誇らしいと思っていた。
その彼が、アイドルなんか、という言い方をした。
まるでそれが、唾棄すべき行いだとでも言うみたいに。
堂々巡りだ。
あたしは、蒼にこんなことを言わせるために、彼と付き合ってるわけじゃない。
でも、彼はあたしと付き合い続けていくために、アイドルを辞めると言っている。
どこかで、この流れを断たなくちゃ。
そのためには、きっと、あたしが。
つづく


2017年04月12日 SCOOP! トラックバック:0 コメント:0