離れて過ごすホワイトデー、彼からのプレゼントは……。
「藍ちゃん、今日の歌番、蒼くん出るよ」
おせっかいな妹は、部屋のドアを開けるなりそう言った。
「うん、……知ってる」
あたしはベッドに寝転がって、天井を見上げたまま生返事をする。
茜は、そんなあたしの気のない様子に、いかにも心外そうに口を尖らせた。
「なによぅ、知らないのかと思ってせっかく呼びに来てあげたのに」
早くしないと見逃しちゃうよ、と急かす茜に手を引かれ、渋々ながら起き上がる。
正直、観たくないと思った。
蒼が今夜、生放送で歌番組に出演することは知っていた。
もちろん、彼から直接聞いたけど、ついでに、だから今日は会えない、とも告げられた。
それを聞いたときには、さすがのあたしもがっかりした。
だって、今日は……。
「ほら、もう始まってるじゃん」
引っ張られるようにして階段を下り、リビングのソファに無理やり座らされる。
茜の言った通り、画面の中では、オープニングの曲に乗って、出演者たちが紹介されているところだった。
その中に、蒼の姿もある。
背が高くスタイルの良い彼は、大勢の歌手やタレントの中にいても、ひときわ目立つ。
彼のいるところだけ、特別にライトが当たってるみたいに、周りとは違うオーラが溢れてるって感じだ。
「あ、そう言えば、今日ってホワイトデーだよね」
ママの淹れてくれた紅茶を飲みながら、茜が言う。
「う、…うん、そうだね」
「藍ちゃん、バレンタインのプレゼントにするんだって、一生懸命マフラー編んでたじゃない? あれのお返しとか、ちゃんともらった?」
「別に……ていうか、お返しが欲しくて編んだわけじゃないし」
「げ、何それ? 最近じゃ、義理チョコだって2倍返しって時代だよ?」
信じらんな~い、と茜は大げさに驚いた。
今どきは小学生の間でも、バレンタインやホワイトデーはすでに恒例行事らしい。
「もしかしてぇ、当たって砕けた、とかじゃないよね?」
こちらの顔色を窺うようにしてそう言った茜が、ひと睨みされて慌てて口を噤む。
図星を当てられて怒ったわけじゃない。
自分で言うのもなんだけど、蒼とは今でも、らぶらぶであまあまだ。
2人きりのときの彼は本当に優しいし、蒼の彼女になれて幸せだって心から思う。
ただ、彼がアイドルだからこその不自由さも、当然ながらある。
2人が付き合っていることを公言できないのはもちろんだけど、今日みたいに、恋人たちにとっての大事な記念日に限って一緒にいられないというのもそう。
誕生日もクリスマスも年末年始も、もちろん先月のバレンタインも、誰もが好きな人と過ごしたいと思う日、蒼にはタレントとしての仕事があって、あたしはひとりきりだった。
彼氏がいるのに、いないみたいで、こういうのってすごく寂しい。
どんなに望んでも、あたしが彼という存在を独占することはできない。
これはもう、蒼がアイドルである限り仕方のない話で、あたしだって、そんなの最初から承知、のはずだった。
「ま、男はそいつだけじゃないしさ、元気出しなよ、ね?」
ませた妹にまったく見当違いな励まし方をされたとき、ちょうど蒼の出番が来た。
『蒼くん、今年もバレンタインのチョコ、たくさんもらったんだって?』
『ええ、まあ、おかげ様で』
『で、どうだったの、本命からのプレゼントは?』
『ハハ、……そういう話は楽屋でしてくださいよ、一応、俺もアイドルなんですから』
進行役のタレントに尋ねられ、苦笑交じりで答える蒼。
生放送だし、下手なことは言えないのだろう。
『とりあえず、今日はホワイトデーだし、チョコをくれたファンの人たちにメッセージあればどうぞ』
そう促されると、はい、と頷いた彼は笑顔でマイクに向かった。
『ファンのみんな、こんな俺をいつも応援してくれてありがとう。今夜は、そのお返しのつもりで歌います』
そこで伴奏が流れ出し、照明が落とされる。
そして、一筋のスポットライトに、蒼の姿が浮かび上がった。
『この曲は、……アイのために、心を込めて』
歌い出しの前、彼はカメラに顔を向けてはっきりとそう言った。
「愛のために、だって。相変わらずきざだねえ、蒼くん」
「うん……」
茜の言うように、他人が聞けば、蒼の言った「アイ」は「愛」だと誰もが思うだろう。
だけど、……あたしにはわかったの。
蒼は今夜、あたしに聴かせるために、この曲を歌ってくれるんだって。
「やだ、いくら音が同じだからって、藍ちゃんが感動して泣くことないでしょ」
呆れる茜に、あたしは、「そうだね、バカみたいだよね」と涙を拭きながら答え、蒼ってば本当にきざなんだからと笑ってごまかした。
あなたにはあなたの世界があるのに、いつも一緒にいたいなんて、わがままなこと考えてごめんね、蒼。
ちょっとへこみそうになってたけど、これでまた元気出して頑張れそうな気がする。
だって、どんなことがあっても蒼は蒼で、彼はちゃんと、ひとりの男の人としてあたしのことを好きでいてくれて、そして……あたしもそんな蒼のことが大好きだから。
= fin =


2017年04月01日 拍手お礼SS トラックバック:0 コメント:0