いつも、いつまでも =12=
「なあ、飯食ったら花火しねえか?」
夕ご飯のとき、向かいに座る幸太郎が、突然言い出した。
「花火? 時期的にまだちょっと早いんじゃないの」
「まあ、本格的な季節はまだかも知んねえけど。海と花火ってお約束だろ、普通」
そんな決まりごとがあるのかとも思ったけど、別に反対する理由はないし、むしろ、この機会を逃したら、今度はいつ、幸太郎とのんびり過ごせる時間が持てるかわからない。
「うん、じゃあ、ご飯が終わったらしよ」
そう言って頷いたあたしに、幸太郎はご機嫌良さそうにニコニコと笑っていた。
ご飯を食べて片付けを済ませたあと、幸太郎と一緒にテラスに出た。
相変わらず、海は静かで風もなく、花火をするにはちょうど良い天気だ。
「その花火、どうしたの? まさか東京から持ってきたわけじゃないんでしょう?」
「さっき、一緒に買い物に行ったとき、陳列棚に並んでるの見て、思わず手が出た」
「へえ、こんな半端な時期でも売ってるんだ」
「それだけ需要があるってことだろ、だから言ったじゃねえか、海と花火は付き物だって」
それから、あたしと幸太郎は、小さい子供に戻ったみたいに、2人して花火に興じた。
くるくる回るねずみ花火にキャーキャー言いながら逃げたり、ロケット花火の落下傘を競うようにして追いかけたり、筒型の花火から吹き上がる色とりどりの火の粉を眺めてうっとりしたり、こんなにはしゃいだのはいつ以来だろう。
花火は夏って先入観があったけど、確かに、目の前に海を臨んでの花火は楽しくて気持ちが良かった。
そのうち、はしゃぎ疲れたのか、幸太郎は、木でできたデッキチェアに足を投げ出して横になった。
「なあに、もうバテちゃったの?」
からかわれた幸太郎は少しムッとして
「人を年寄り扱いするんじゃねえ、楽しみをお子様に譲ってやっただけだ」
なんて憎たらしいことを言った。
でも、これが彼一流の照れ隠しだってこと、あたしはもうちゃんと知ってる。
「幸太郎……」
「うん?」
「……ありがとね、花火」
小さな声でお礼を言うと、幸太郎は自分の腕を枕にして仰向けになったまま、感謝されるほどのことじゃねえし、と素っ気なく言った。
実際、幸太郎は、この場所で過ごす最後の夜を盛り上げようと気を使ってくれただけで、彼自身は花火なんかにそれほどの興味もなかったのだと思う。
口ではどんなに意地悪を言っても、あたしには、そんな彼の優しさが痛いほど伝わる。
あたしは、幸太郎のとなりにしゃがんで、線香花火に火をつける。
独特の、火がはぜるぱちぱちという微かな音に、郷愁を刺激されるのはなぜだろう。
線香花火というものの持つ儚さの故か、それとも……。
「花火っていえばね、ひとつだけ、忘れられない思い出があるの」
あたしは、幸太郎と知り合う以前の自分の話なんて滅多にしないから、そんな風に切り出したあたしに、幸太郎は、珍しいなとでも言うように少し眉を上げた。
うちってさ、母さんが夜の仕事してたから、夏でも花火で遊んだりってなかったけど、いつだったかなあ、1度だけ、大きな花火大会に連れて行ってもらったことがあるのね。それがいくつのときかとか、どうしてその年に限ってそんなことになったのかとか、細かいことは忘れちゃったけど、とにかく人が多かったことと、夜店がたくさん出てたことははっきり覚えてる。それから、どんって音がして、真っ暗な空に大きな花火がぱあっと広がって、あたし、なんだか興奮しちゃって、母さんの手を引っ張って、きれいだね、きれいだねって何度も言った。母さんはただ笑って、そうだねって言って、並んだ夜店のひとつで、珍しく綿菓子を買ってくれたの。甘いものなんて滅多に縁がなかったから嬉しかった。それでね、その綿菓子がすごく甘くて、次々に上がる花火がすごくきれいで、よくわかんないけど涙が出ちゃって、子供心に、今日のことは一生忘れないだろうって思ったんだ。
あたしが話し終わったとき、ちょうど、線香花火の先から火の玉がぽたんと落ちた。
それが、最後の1本だった。
つづく


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2017年05月02日 いつも、いつまでも トラックバック:0 コメント:0