弥生ちゃんのヒメゴト =73=
ラブホは、安っぽい感じがして使う気になれない、と圭介さんは言う。
「それに、セキュリティも杜撰だろ。フロントに人がいない、利用客の風体もチェックしないとか、話にならない」
村上興産という大企業の重役としても、また、関東総和会の幹部としても、利用するホテルの格や保安設備などには気を使うらしい。
だから、圭介さんは、こんな風に、急に思い立ってどこかへ、というときでも、ある程度の格式があるホテルを選ぶ。
今回もそう。
あたしみたいなお子様は、ロビーを歩くだけでも気が引けるような高級ホテルだ。
澄ました顔の従業員に上階の部屋へと案内され、圭介さんに手を引かれて歩きながら、この人たちの目には、あたしたちの組み合わせってどんな風に見えてるんだろうと思った。
濡れた服をランドリーサービス――お急ぎのお客様には、最短2時間で仕上げます――に出して、シャワーを浴びて。
あらためて一息つく間もなく、ひょいと抱え上げられて、ベッドに放られる。
そこで一言、くらくらするくらい色っぽい笑みを浮かべながら、彼は言った。
「あんな台詞を聞かされたあとだ、手加減できると思うなよ」
そして、その言葉の通り、今夜の圭介さんは容赦がなかった。
身体のいろんなところに触れられて、あたしは甘い声をたくさん上げた。
少し乱暴に肩を掴み、あたしを裏返す、圭介さんの急いた手つき。
うしろから腰を抱え、捻じ込むように挿入される、熱い猛り。
胸の先端を、やわやわと摘み上げる指先。
そうしながらも、うなじに落ちる、艶めいた吐息。
それらのすべてに、否応なく昂ぶらされる。
「弥生……」
ああ、こんなときに、そんな声で、名前なんて呼んでほしくない。
耳まで濡れてしまいそうになる。
ぬっちゃぬっちゃとこれ以上ないほど卑猥な音を立てながら、ぶつかり合う陰と陽。
一気に高みまで連れて行かれ、全身が痙攣して、目の前に星が飛んだ。
荒い息を吐いて、圭介さんがあたしのとなりにごろりと横になる。
あたしは枕に突っ伏して、顔を上げる気力もない。
しばらく、ふたりとも黙って、乱れた息を整えた。
「……なあ」
「んぅ、…なんですか」
「さっきの、朱美との約束がなんとかって、気にしなくていいから」
あたしは俯せのまま、顔だけを圭介さんの方に向けた。
「約束?」
「ほら、……墨入れたくなったら、あいつ、自分に彫らせてって言ってたろ」
ああ、とあたしは思い出す。
確かに、いつかあたしが覚悟を決めたら、とアケミさんは言っていた。
「あたし、考えてたんですけど」
「うん?」
「やくざって男の人だけじゃなく、その奥さんとか彼女さんとかも、刺青するんですか」
メディアの影響もあるだろうけど、極道の姐なんて呼ばれる女性たちは、みんな揃って妖艶で、背中に鮮やかな彫り物があったりするイメージだ。
「みんなってわけじゃないよ、決まり事でも、強制でもないしね」
ただ、と圭介さんは言葉を選ぶようにして、続ける。
「それまでの生活を捨てて、こっちの世界に飛び込む、その覚悟っていう意味で、彫り物をする女性が多いのは確かだよ」
「ああ、そういう意味の、覚悟」
あたしがそう呟くと、圭介さんは少し慌てて、だからって君までそんな風に思う必要はないんだからね、と言い足した。
「でも、ちょっと……興味は、あります」
「参ったなあ、朱美が変な入れ知恵したもんだから……」
困った顔で言いながら、でも満更でもない様子で彼は起き上がり、あたしのむき出しの背中に触れた。
「朱美の言う通りだな、肌理の細かい、きれいな肌してる」
そっと撫でられて、思わずぞくぞくする。
「どの辺りに、何を彫る?」
「アケミさんのところの見本で見た、孔雀と鳳凰がきれいだった……あとは、アケミさんも言ってたけど、名前にちなんで春の花、桜とか、かな」
いいね、と圭介さんは言った。
「でも、体育の授業で着替えるときとか、誰かに見つけられちゃったら困るから、もし彫るんでも、高校を卒業してからにします」
「はは、そりゃ、そうだ、その方が良い。その代わり」
圭介さんは、上体を屈めて、あたしの腰の括れのあたりに、ちゅうと強く吸い付いた。
「やン、痛い痛い、何してるんですか」
「今は、俺のしるしをつけとこう、ほら」
首を捻って指差されたところを見ると、小さな痣ができていた。
それはまるで、本当に赤い花の刺青がされたように見えた。
つづく


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2017年03月04日 弥生ちゃんのヒメゴト トラックバック:0 コメント:0