Love, Truth and Honesty =53=
「藍ちゃん、パパが美味しいお菓子買ってきたから、一緒に食べようって――」
言いながらドアを開けた妹の茜は、ノブを握ったそのままの姿勢であ然とした。
姉の部屋に、アイドルの蒼がいたのだから驚いて当たり前だ。
蒼は、ベッドに横たわり、あたしの背中を抱いて。
あたしは、そんな蒼の上に伸しかかるようにして。
しかも、2人の唇は、今にも触れ合おうとする距離にあった。
あたしたちは、それぞれが動くことも声を発することもできずに、数秒間、その場に固まっていた。
最初に、我にかえったのは茜だった。
彼女は見る見るうちに真っ赤になり、慌てた様子でドアを閉めた。
一瞬遅れて、あたしと蒼もはっとして身体を離す。
「あー、……なんか、ちょっとヤバイ展開?」
蒼が、気まずそうに鼻の横を掻きながら言う。
ヤバイどころの話じゃない、あたしの頭はもうパニック寸前だ。
茜が、今見たことを両親に告げでもしたら大変なことになる。
「蒼、隠れて!」
「隠れるって言っても、どこに」
戸惑いながら、だけど、どこかこの展開を面白がる口調で蒼が尋ねる。
ただでさえ広くはないあたしの部屋、長身の彼が身を隠せそうな場所なんてない。
「どこでもいいから、とにかく早く!」
あたしは、とりあえず目に付いた洋服タンスの扉の中に蒼を押し込んだ。
部屋を調べられたらすぐに見つかってしまうだろうけど、そうなる前に家族を言いくるめる上手い言い訳がないかと必死で考えをめぐらせる。
そうしているうちに、そろそろと遠慮がちにドアが開き、再び茜が顔を覗かせた。
「あのぉ、…藍ちゃん?」
茜は、いかにも恐る恐るといった感じでぐるりと室内を見回し、それから、ホッとしたようながっかりしたような複雑な溜息をつく。
「い、今、ここに、その……蒼くんがいたような気がしたんだけど……」
「蒼? まさか、蒼がこんなところにいるわけないじゃない、何ばかなこと言ってんの」
「え、でも、今確かにそのベッドの上で……」
さすがに、まだ小学6年生の彼女には、自分の姉が男とキスしようとしていた、などと口にするのは恥ずかしいのだろう、茜はそこで言い難そうに口ごもった。
「ファンのあたしならともかく、あんたまで蒼のまぼろし見てどうすんの。本物の蒼なら、あたしが会いたいよ」
「う、うん……そうだよね、考えてみれば、本物の蒼くんなわけないよね」
藍ちゃんの部屋は蒼くんのポスターが多すぎて紛らわしいよ、と茜は頬を膨らます。
嘘ついて悪いなとは思ったけど、この場合は非常事態だから仕方がない。
「それで、何の用だったの?」
「あ、そうそう。あのね、パパが会社の帰りにお菓子買ってきたんだって。あんまり甘くない和菓子だから、藍ちゃんも一緒に食べようって、呼んで来いって言われた」
「パパが? へえ、珍しいね」
「だって……藍ちゃん、ここんとこずっと沈みがちで機嫌悪かったでしょ、パパもすごく心配してたんだよ」
それを聞いて、家族に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
恋をすると、周りが見えなくなるって本当だ。
あの記事でショックを受けたあたしは、どうしてあたしだけがこんな目に遭わなきゃいけないのって思って、辛いのは自分だけだなんて思い込んで、そんなあたしを心配してくれる家族のことなんて、慮ってもみなかった。
「そっか、でも……今日は遠慮しとく。たくさん宿題あって、かなり頑張んないと終わりそうもないから」
案の定、それを聞いた茜はものすごく残念そうな顔をした。
「パパとママには、ありがとうって言っといて」
「うん……」
「それから、いろいろ心配かけてごめんねって……もう大丈夫だからって伝えて」
茜は、まだ何か言いたいことがありそうな様子だったけど、結局、わかったとだけ言って階下へと戻っていった。
あたしは急いでドアを閉め、洋服タンスの前に引き返す。
「ごめんね、蒼。とりあえず、もう出てきても……」
言いながら扉を開けると、狭いところに閉じ込められて怒っているかとも思った彼は、なぜかくすくすと楽しそうに笑っていた。
「……どうしたの?」
「いや、なんか……驚いたときの反応とかがそっくりだなと思って、さすがは姉妹」
「えー、そうかなあ」
蒼はタンスから出て伸びをし、それから、あたしの顔をしげしげと眺めた。
「彼女も、ゆくゆくは君みたいな天然ちゃんに成長するのかねえ……?」
「それはないよ、茜はあたしよりもずっとしっかりしてるもの」
「それは、お姉ちゃんが頼りないからじゃないの?」
あたしは、ちょっと膨れる。
蒼は笑って、あたしの腰を抱き寄せる。
「ま、俺としては、藍のそういうところも可愛く思えるのだけどね」
軽く重なる唇。
ああ、もうココロが蕩けそう。
蒼とのキスはやっぱり甘い。
「もう、誰も来ないだろうね?」
「うん、たぶん……宿題するって言ったから」
それじゃ、と蒼はあたしを抱き上げて、ベッドの上にそっと横たえた。
「何日も、声も聞けないままおあずけ食らったあとだからね、今夜は俺の気が済むまで君を堪能しよう」
「え? 堪能って、ちょ、…ちょっと待って、そ……」
言葉の続きは、さっきよりもずっと深い口づけで塞がれてしまう。
そして……その夜、あたしは再び蒼のものになった。
つづく


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2007年03月29日 Love, Truth and Honesty トラックバック:- コメント:-
Love, Truth and Honesty =52=
「あの噂は、ヤラセなんだよ」
「ヤラセ……?」
「そう、でっち上げの大嘘、できレース」
ベッドに片肘をついたまま、もう一方の手であたしの髪を撫でる蒼。
本当だろうか。
いくら芸能界とはいえ、そんなものが本当に存在するのだろうか。
にわかには信じ難い。
「何のために、そんなことするの」
相手のことは知らないけど、蒼は立派に名の通ったアイドルだ。
恋愛が絡んだゴシップは、1歩間違えれば、蒼自身のイメージダウンにも繋がる。
そんな危険を冒してまで、あえてヤラセの噂を流す理由などないように思える。
「もうすぐ番組改編の時期だろ、俺も、月9枠で主役のドラマがあるんだけど……」
そう言って、彼は話しはじめた。
国民的アイドルと呼ばれる蒼の出演するドラマは、いつも高い視聴率を打ち出す。
主役でなくても、出演者の欄に蒼の名前があればそれだけで視聴率を稼ぐことができるのだから、局にとってこれほど楽な手はない。
ただ、他局もそれに甘んじているかと言えばそうではなく、毎回手を変え品を変え、様々な趣向を凝らした裏番組で対抗してくる。
特に、今期は強力な裏番組が顔を揃え、蒼が主演するドラマも総じて安泰とは言えない状況らしい。
そこで番組関係者が頭を捻って考え付いたのが、今回のヤラセの熱愛発覚。
噂になった当人同士が共演するとなれば、いやでも視聴者の興味を引くだろうというわけで、いかにも安直な考え方のようだけれど、これが案外効果的なのだそうだ。
「あの人、…蒼の共演者だったんだ……」
薄暗い照明の下、親しげに顔を寄せ合っていた2人の写真が目に浮かぶ。
それだけで、胸が痛いくらいに苦しくなる。
「もともとは舞台出身で演技力はなかなかのものだと聞いているけど、テレビの世界での知名度はまだまだ無いに等しいからね。鷹宮蒼とのゴシップは即、売名にも繋がるし、向こうは2つ返事でOKしたらしい」
「でも、それじゃ……蒼は、テレビ局と相手役の人に利用されたようなものじゃない」
「まあ、うちの事務所にとっても、鷹宮蒼が視聴率を稼げるタレントか否かは重大問題なわけだし……こうなると、俺ひとりが嫌だと言ってどうなるものでもないから」
人間、どこかで折り合いつけないとね、と蒼は苦笑する。
「華やかに見えて、裏じゃ結構苦労してるんだぜ、これでも」
冗談めかして彼は言ったけど、素直に大変なんだなって思った。
アイドルなんてもてはやされて、派手で傲慢な印象ばかりが先行しがちだけど、実際の蒼はとても礼儀正しい。
現場ではスタッフや共演者や周りの人にいつも気を使って、メディアで流布されているイメージと全然違うなって、出会ったばかりのころ、すごく驚いたのを覚えてる。
それに、2週間に1度は恋愛絡みのゴシップで雑誌の見出しを飾るような彼が、実は一本気で優しい人だということも、あたしは彼と付き合うようになってから知った。
あたしは、アイドルとしての蒼ももちろん大好きだったけど、蒼の素顔を知るにつれ、さらに彼という人に惹かれていった。
2人きりのときに見せる彼の笑顔、あたしに触れるときの彼の優しい手、抱き合うときの切なげな吐息も、あたしだけが知っているのだと思ったら何だかすごく誇らしかった。
あたしは、本当に、ココロの底から、蒼のことが好きだった。
「最初からそう言ってくれれば良かったのに……あたし、あの写真見たとき超ショックだったんだよ?」
「そうだろうね、辛い思いをさせて悪かった」
蒼の手は、相変わらずあたしの髪を梳いている。
頑なだった気持ちが解れていくのを感じる。
「どうして、何も言ってくれなかったの?」
「言っても良かったんだけど……でも、そうしていたら君は賛成した?」
「え、…それは、その……」
思わず返答に詰まる。
いくら仕事のためとはいえ、彼が自分以外の人と雑誌に載ると打ち明けられたら?
しかも、その記事が熱愛発覚というものだと聞かされたら?
確かに、内心は穏やかでなかったかも知れない。
それどころか、そんなことをする必要が本当にあるのかと言って、彼を困らせてしまったかも知れない。
答えられないあたしに、蒼は小さく苦笑を洩らす。
「ほらね……君には、余計な心配をかけさせたくなかった」
「でも、傷ついたのは同じだもん、すごく裏切られた気分だった」
「だから、意地を張って、いきなり音信不通になって、こんなにも俺を焦らせた?」
「だ…だって、それは蒼のせいじゃん」
いつだって、蒼には会いたかった。
だけど、それができなかったのは、蒼の口から別れを告げられるのが怖かったから。
だからあたしは自分の殻に閉じこもって、その現実から目を逸らそうとしていただけ。
「俺だって、いきなり君と連絡取れなくなってショックだったよ? 全然、信じてもらえてなかったんだなあって、情けなくもなった」
蒼の両手が背中に回り、そのままぎゅっと抱きしめられる。
蒼の胸は、いつもとても大きくて、温かい。
「俺は、君のこと考えたら居ても立ってもいられなくなって、会いたい気持ち一心で家にまで押しかけて、後先考えずベランダから忍び込もうとしちゃうくらい、君に夢中なんだけど」
君は違うのかなって蒼が言う。
そんなこと、あるわけないのに。
「あたしも、好き……大好きだよ、蒼……」
「うん、それを聞いただけでも、わざわざ訪ねて来た甲斐があったよ」
「仲直りのキス、……して?」
にっこりと満足そうに笑った蒼の顔が近づいてきて、あたしが目を閉じたそのとき。
忙しないノックの音がして、あたしが何か答える間もなくドアが開いた。
つづく
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2007年03月27日 Love, Truth and Honesty トラックバック:- コメント:-
Love, Truth and Honesy =51=
あたしの部屋は2階で、窓の外は小さなベランダになっている。
電灯もない暗がりに、人が立っていたのだから驚いて当然だ。
その人は、長身の背を丸めるようにしてジーンズのポケットに両手を突っ込み、所在無げな様子で足元に視線を落としていたけれど、カーテンの隙間から洩れた明かりに気づいて顔を上げた。
一瞬、目が合ってしまい、あたしは慌ててカーテンを閉じる。
何これ、幻覚?
とりあえず、3つ数えて深呼吸。
もう1度、カーテンを細めに開けて外を窺う。
すると、彼はあたしがそうすることを見越していたように、こちらを覗きこんで笑い返した。
どうやら幻覚じゃないみたい。
だとすれば、本物の、……鷹宮蒼が、あたしの部屋のベランダにいるってこと?!
あたしは急いで窓を開け、彼の腕を引っ張って部屋に入れた。
彼は笑いながら、靴を脱がなくちゃなんて言うけど、今はそんな場合じゃない。
こんな彼の姿、近所の人にでも見られたら、それこそ一大事だ。
「どっ、どうして蒼がこんなところにいるのよ?!」
「君に会いに来たんだよ、当たり前だろ」
「当たり前じゃないよ! しかも、いきなりベランダに現れるなんて、どういうつもり?」
「だって、この場合仕方がないだろ、それとも玄関から入って、アイドルの鷹宮蒼と申します、お嬢さんに会いに来ましたなんて家族に自己紹介した方が良かった?」
「だから、そういう問題じゃなくて――」
そこで腰の辺りをぐいと抱き寄せられ、言葉が続かなくなる。
降りてきた唇を、あたしは顔を背けて避けた。
あたし以外の人と「熱愛発覚」なんて雑誌に書かれたくせに、平気な顔して家にまで押しかけてくる、蒼の本意を量りかねた。
それ以前に、あんな写真を撮られたあとだ、ただでさえ、彼の周りには決定的なスクープを狙う記者やカメラマンがうようよしているに違いない。
そんな状況なのに、どうしてわざわざ危ない橋を渡るような真似をするの?
「離してっ」
「誰が離すもんか、人の気も知らないで」
「それはこっちの台詞だもんっ、蒼の嘘つき!」
「嘘つき、俺が?」
「噂のこと、あたしが知らないとでも思ってるの?」
胸を押し返そうとした抵抗は難なく抑え込まれ、逆に両手首を痛いほどつかまれる。
けれども、腹立ち紛れに睨んだ彼の顔には、なぜか満足そうな笑みが浮かんでいた。
「そっか、……やっぱりあの記事が原因だったんだ」
「やっぱりって何よ、笑い事じゃないでしょっ」
「これが笑わないでいられるかっての」
蒼は、大きく嘆息して、ベッドに寝転がった。
彼に手首をつかまれていたあたしも、つられて彼の身体の上に倒れこんでしまう。
「ねえ、やきもち焼きの、意地っ張りさん?」
言いながら、あたしの頬っぺたを軽くつねる。
「何それ、どういう意味」
「顔も見せない、電話も繋がらない、メールに返信もない、何かあったのかと心配になって来てみれば、つまらないことで臍を曲げているし」
カチンときた。
あの記事を読んで、あたしがどれほど落ち込んだかも知らないくせに。
「蒼にとってはつまらないことでも、あたしにはショックだったの! 辛くて苦しくて悔しくて、悲しくていっぱい泣いたの! 人の気も知らないのは蒼の方じゃない、どうせ遊びだったんだろうし、あたしの気持ちなんてどうでもいいんでしょ!」
あたしは彼の上に馬乗りになって捲くし立て、思いつく限りの悪態をつく。
蒼は少し驚いたような、それでいてどこか面白がるような表情を浮かべて、あたしを見上げていた。
「蒼なんか嫌い、大っ嫌いなんだから」
言いながら、涙がぼろぼろ零れる。
これで彼との甘い夢も終わってしまうのかと思ったら泣けてきた。
「……本当に、困った子」
溜息をつきながら言い、蒼は親指の腹であたしの頬をそっと拭う。
「そんなに思いつめる前に、どうして直接俺に何も言ってこないの」
彼は肘をついて身体を起こし、あたしを抱き寄せた。
抗う気力も果ててしまって、あたしは彼の肩に濡れた頬を押し付ける。
微かな汗の混じった彼のにおいが愛しい。
大嫌いなんて、嘘。
こんな目に遭っても、あたしは蒼のことがまだ好きだ。
好きで、大好きで、ココロが壊れてしまいそうなくらいに。
「黙っていた方が君のためになると思っていたけど、……こんなに辛い思いをさせてしまうなら、先に打ち明けた方が良かったね」
あたしの背中をあやすようにゆっくりと撫でながら、実は、と蒼は切り出した。
つづく


2007年03月24日 Love, Truth and Honesty トラックバック:- コメント:-
Love, Truth and Honesty =50=
食欲なんてなくて、お風呂に入るのも面倒で、心配して様子を見に来た妹の茜を怒鳴って追い出して、ベッドにうつ伏せたまま長いこと泣いた。
突っ伏した枕から顔を上げる気力すらない。
だって、あたしの部屋の壁という壁は蒼のポスターや写真で埋め尽くされていて、どちらを向いても笑顔の蒼と目が合ってしまうから。
もう何も考えたくないと思い、ぎゅっと目を瞑る。
でも、瞼の奥に浮かんでくるのはやっぱり蒼の姿ばかりで、それが余計にあたしを苦しめた。
蒼からは、11時過ぎくらいに1度、電話があった。
彼専用にした着メロがしばらく鳴っていたけど、とても出る気にはなれなくて、放って置いたらそのうちに切れた。
蒼のばか、嘘つき、大嫌い。
彼の電話を無視したことでちょっとばかりせいせいしたのも束の間、すぐに、さっきよりもずっと大きく気持ちがへこんだ。
地球の裏側まで一気に落ち込んだような、どん底で最悪の気分だった。
次の日も、その次の日も、あたしは蒼からの電話には出なかった。
メールもきたけど、返信しなかった。
もちろん、彼の部屋にも行かなかった。
毎日イライラして、家族に当り散らして、夜はめそめそ泣いて過ごした。
八つ当たりされる家族にとっては、いい迷惑だっただろうと思う。
それはあたしにもわかっていたのだけど、そうする以外に鬱憤の晴らしようがなかった。
胸が焼けるほどの嫉妬、というものを、初めて知った。
もしも、蒼から彼もあたしを好きなのだと告白される以前にこの気持ちを味わっていたとしたら、あたしは不平を言いながらもそれを甘受していただろう。
彼には、あたしみたいなどこにでもいる平凡な女子高生よりも、きれいな女優さんの方が相応しい、と負け惜しみでなく思うことができたかも知れない。
けれど、今はまったく状況が変わってしまっていた。
好きと何度も囁かれ、抱きしめられ、身体が溶け合うほどに愛し合った、……今になって、彼を諦めることなんて不可能だった。
悲しめば悲しむほど、蒼のことが好きなのだと思い知らされる。
彼を失いたくないと切に願う自分に気づかされる。
文字通り、蒼はあたしにとって初めて恋をした人だった。
人を好きになるって、なんて辛いんだろう、なんて切ないんだろう。
恋愛が甘いものだなんて、絶対に嘘だ。
そして、あたしはそれを受け容れ乗り越えていけるほど、器用でも大人でもなかった。
「蒼……」
あたしは仰向けになって、天井に貼られた彼のポスターを眺める。
いつ見ても、彼の笑顔には惹きつけられずにいられない。
この笑顔が、あたしにだけ向けられたものならいいのに……。
今さら、こんな仕打ちをするなら、好きだなんて言ってくれなければ良かった。
甘い言葉で有頂天にさせておいて、彼しか見えないくらい夢中にさせておいて、こんなに好きにさせておいて、もうお前なんていらないと言われても諦めなんてつかないよ?
また涙が溢れてきて、あたしは両手で顔を覆う。
明日になったら、この部屋のポスターを全部剥がそう。
少しでも、彼のことを思い出さないでいられるように。
少しでも早く、彼のことを忘れられるように。
こつん、と窓に何かが当たったような音がした。
何の音?
大方、風に煽られた木の葉か何かだろうとは思うけど、やっぱり少し気になる。
あたしは、仕方なくベッドから降りて窓に近寄り、カーテンの隙間から外を窺った。
そして、……そこで目にしたものに驚いて、思わず息を呑んだ。
つづく


2007年03月12日 Love, Truth and Honesty トラックバック:- コメント:-
Love, Truth and Honesty =49=
いろんなことのあった夏が終わって、2学期が始まった。
蒼は、夏の間中、可愛がってあげると言った彼の言葉を撤回して、秋が来ても冬が来ても春が来ても、そしてまた夏が巡って来ても、ずっとずっと一緒にいようと約束してくれた。
それを聞いたときには、あんまり嬉しくて泣いてしまった。
蒼と知り合って以来、あたしはすごく泣き虫になったと思う。
人が泣くのは悲しいときや辛いときばかりじゃない、幸せに涙することもできるんだって、教えてくれたのは蒼だ。
友紀ちゃんとも、とりあえず仲直りができた。
ていうか、あたしはもともと友紀ちゃんを恨んだりはしていないし、仲違いをしたつもりもなかったけど、根が律儀な友紀ちゃん自身が曖昧にするのを嫌がった。
あのあともしばらく、電話をしても会話が弾まなかったり、もう気にしてないよって言ってるのに何度も謝られて、正直言ってあたしも少し困った。
でも、甲斐くんとあたしが別れたのは決して友紀ちゃんのことだけが原因ではないし、あたしも新しい彼氏ができて今は超ハッピーだよと言ったら、やっと納得してくれた。
紹介しなよと言われたけど、それができないところがちょっと辛い。
そのうちね、とごまかすあたしに友紀ちゃんは不満そうな顔をしたけど、友紀ちゃんの方こそ甲斐くんとはどうなのと聞き返したら真っ赤になっていた。
そんな友紀ちゃんを見て、恋をしている女の子って可愛いなと思う。
あたしも、少しは変わっただろうか。
いい恋をしているのだと周りに思わせるくらい、輝いて見えるといいな。
だって、あたし……蒼と出会えて良かった、蒼の彼女になれて良かったって、思うから。
放課後、友紀ちゃんと一緒に帰る。
友紀ちゃんが雑誌を買うと言うので本屋さんに寄り、ついでに近くの喫茶店に入った。
9月になってもまだまだ暑くて、冷房の効いた店内のひんやりした空気が心地良かった。
「なんかさあ、藍とこうして外でお茶するのも久しぶりだよね」
「そうだね」
「藍、あのさ……」
運ばれてきたアイスティーをストローでかき混ぜながら、なぜか口ごもる友紀ちゃん。
「なあに?」
続きを促すようにそう聞き返すと、友紀ちゃんははにかむような表情を見せた。
「あたし……藍と、まだ友達でいれて良かった」
「な、…やだもう、いきなり何言ってるの」
あらためてそんなこと言われたら、かえって面映い。
あたしは、照れ隠しに自分のアイスコーヒーをわざとずずっと音を立てて飲んで、言った。
「友紀ちゃんは、これまでもこれからも、あたしの大事な親友だよ」
「う、うん……そう言ってもらえると嬉しい、ありがとう」
それから、顔を見合わせて少し笑う。
友紀ちゃんも内心では照れくさかったのか、ああ、そういえば、と唐突に言って、かばんの中からさっき買ったばかりの雑誌を取り出した。
「ほら、ここ……蒼の記事、載ってたよ」
そう言って広げられたのは、彼女が好んで読んでいる女の子向けの週刊誌で、記事にはファッションや占い、若いタレントのゴシップなんかが多い。
ポップな表紙の中央に、太いゴシック体で書かれた「鷹宮蒼」の文字がある。
あたしは何気なくそのタイトルを目で追い、次の瞬間、息を呑んだ。
「熱愛、……発覚?」
「そうそう、相手は無名の新人女優だって」
友紀ちゃんが捲ってくれたページを、食い入るように読む。
写真も何枚か載っている。
場所はレストランだろうか、あまり明るくはない照明の下、並んで座り、顔を寄せ合って親密そうな2人。
女性は陰になっていてよくわからないけれど、男性の顔ははっきりと映っていた。
「蒼……」
それは、確かに蒼だった。
さっきの店を出たところなのか、サングラスをかけた蒼と、そのあとを少し遅れて歩く小柄な女性。
2人が同じタクシーに乗り込むところも映っている。
「蒼もばかだよね、アイドルなのに警戒心とかないのかな、お忍びデートとか言ってこれじゃ全然忍んでないよね、むしろ堂々としすぎだよ」
これじゃ、スクープしてくださいって言ってるようなもんじゃん、と友紀ちゃんは笑って言ったけど、あたしは笑えなかった。
ほとんど上の空のあたしに気づいたのか、友紀ちゃんが顔を覗き込んでくる。
「どうしたの、なんかいきなり顔色悪いよ?」
「あ、うん、……何でもない、ちょっと気分が……」
言いながら、唇が震えだすのが、自分でもわかった。
「ちょっと、大丈夫? 冷房効きすぎだった? そろそろ出ようか?」
あたしはそのとき、よほどひどい顔をしていたのに違いない。
駅での別れ際、友紀ちゃんは、心配だから送っていくよと何度も言ってくれた。
でも、あたしはとにかくひとりになりたくてそれを断った。
こんなの嘘だ、でたらめだって思いたい。
だけど、写真は嘘をつかない。
あそこにあの写真が載っていたということは、取りも直さず、彼があたし以外の誰かと実際にそうしていたということに他ならない。
ずっと我慢してたけど、家について自分の部屋に入るなりどばっと涙が出た。
幸せすぎて流す涙も、確かにあるだろう。
でも、そのときのあたしは……やっぱり、すごく悲しくて、泣いた。
つづく


2007年03月11日 Love, Truth and Honesty トラックバック:- コメント:-
Love, Truth and Honesty =48=
蒼は、あたしの中の感じる箇所に、彼自身を押しつけるようにして動く。
怒張した彼のモノを受け入れるだけでもいっぱいいっぱいなのに、熱く潤んだソコを擦られるたびに、あたしの身体は自分でも恥ずかしいくらいに大きく跳ねた。
仰け反る喉に降りてくる口づけ、それが肌の上にいくつも赤い跡を残す。
「ね、藍……」
「ん、…ぅん?」
すでに焦点の甘くなった瞳で彼を見上げると、彼は意味ありげな笑顔を見せた。
「ココをこうされるの、好きだろ?」
……そんなこと、聞かないで欲しい。
あたしが今どんな状態か、身体を繋げている彼にだってよくわかっているはずなのに。
「君はココが感じるんだってこと、教えたのは誰?」
「そ、う……」
それを聞いて、彼はいかにも満足そうににっこりと笑った。
「藍の身体って、本当に未開発」
「……?」
「でも、それで良い……これから、君にいろんなことを教えてあげるのは俺だからね」
そう言って、彼はさらにあたしを翻弄する。
「んふ、んっ、…んんっ」
擦れ合う部分が熱くて蕩けそう。
あたしはもう、自分の指を噛んで声を耐えるしか術がない。
今、この指を離したら、どんな声が出てしまうか想像もつかなくて怖かった。
なのに、蒼はあたしの両手首をつかみ、それを頭の上で押さえつけた。
「だめだよ、ちゃんと声、聞かせて」
「や、ぁ……」
あたしはできるだけ首を捻って、彼の視線から顔を背けようとする。
こんな風に、えっちでものすごく感じている自分――淫らな声を上げて、彼に穿たれるたびにびくびくと痙攣する自分――を見られるのは、やっぱり恥ずかしかった。
でも、蒼はそれすら許してくれない。
「ほら、こっち向いて……可愛い顔、藍の感じてる顔、見せて」
顎をくいと支えられ、彼の方を向かされる。
目が合うと、彼はなぜか眉根を寄せて嘆息した。
「ああ、もう、……ちょっと待った!」
いきなり、彼が離れていく。
内部を満たしていたものが一気に引き抜かれ、喪失感があたしを襲う。
彼が欲しい、とそのとき切に思った。
彼の持つあの素晴らしい器官だけが、この心許なさを埋めることができる……。
「蒼?」
突然どうしたんだろう、あたしは不安になる。
あたしのこと、嫌いになった? あたしが、あまりにも淫らに彼を求めたから?
蒼は、横たわるあたしの死角になるところでごそごそと何かしていたけど、やがて戻ってきたとき、彼のものには薄いスキンが被せられていた。
「マジ、やばかった、自制が利かなくなりそうなんて、初めてのとき以来かも」
藍がぎゅうぎゅう締めつけるから、と艶っぽい声が耳元で囁く。
「ひぁっ、」
あたしは、思わず息を引く。
嫌われたのじゃないみたいで良かった、とホッとする間もなく、彼が押し入ってきたから。
「どうしたの、苦しい?」
「う、…ううん、違うの、ただ……」
「ただ?」
そこで蒼は、言葉の続きを待つように首を傾げた。
ホント、彼のこの表情に、あたしは弱い。
だから、普段なら恥ずかしくて口にできないようなことも言ってしまう。
「蒼のって、大きいよね……」
「大きいって、コレのこと?」
言いながら、蒼がぐるんと腰を回す。
「一体、誰と比べて言ってるんだろうねえ? 一瞬でも、甲斐とか俺以外の男を思い浮かべたのなら嫉妬しちゃうよ?」
「そ、そういうわけじゃないけど……あたしの中が蒼でいっぱいだなあと思って……」
「だったら、それはこっちの台詞。藍のココ、やたらと締りが良い」
「それって、その……蒼も、…き、気持ちが、イイってこと?」
蒼は、答えの代わりに、あたしの額にちゅっとキスを落とした。
それから、大きな手のひらであたしの頭をそっと撫でて溜息を吐く。
「真面目な顔して、そういうこと聞かないの」
「だって、あたしばっかり気持ちよくなるの、やなんだもん……」
思わずそう言ってしまうと、彼は少し意地悪な感じでにやりと笑った。
「へえ……てことは、藍は気持ちがイイんだね?」
「え? あ、それは、……」
率直に認めてしまうのはやっぱり抵抗がある、でも、蒼はあたしの唇に人差し指を当てて、その続きを遮った。
「イイならイイとちゃんと言って、もっとたくさん啼いて、淫らな顔を見せてよ。俺が君をそうさせているんだって、君は俺のものだってこと、実感させて」
「蒼……」
「言わないと、意地でも言わせたくなる。啼かないと、啼くまで苛めてみたくなる。君が恥じらえば恥じらうほど、もっと辱めてみたいと思う」
彼はあたしの腿を抱え上げて、さらに奥深くまでを抉るように腰を揺らした。
「んっ、は、…ぁんっ」
「求めても、求めても、まだその先が欲しくなる」
もうこれ以上は無理だと思えるくらいのところまでを、蒼に侵される。
硬い行き止まりを激しく突かれて、あたしは堪えきれず大きな声を上げた。
「ああっ、だめ、蒼!」
「いいよ、もっと感じて、我慢しないで」
囁く蒼の声も少し掠れてる。
官能に浮かされたようなその声に、耳まで濡れてしまいそう。
「あ……っ、あっ、……も、イ……」
ぞわり、と足元から這い上がってくる痺れ。
身体が、確かな頂点を目指そうとさらに走り始める。
「藍、すごく可愛い……本当にこのまま朝が来なければいいのにと思うよ、寝る間も惜しんででも君を抱いていたい」
こんなときに、そんなこと言うなんて反則だ。
見上げた彼の瞳が甘く滲んだ瞬間、快感が背筋を突き抜けた。
「やだ、や、……あ、あぁあ!」
「く、ぅ……っ」
自分の身体が弓のように反るのと、吐息めいた声が耳元に落ちたのは、たぶん同時。
呼吸が整うのも待たず、何度も何度も、激しく唇を重ね合わせた。
「もう、本気でヤバイって、仕事中でも、藍のことばっかり思い出しそう」
苦笑いしながら、そんなことを言う彼に胸がいっぱいになる。
しっとりと汗ばんだ背中を抱きしめる。
好き、好き、大好き、……あなたの全部が好きで、愛しい。
「蒼……」
「うん?」
「あたし、……あなたを、愛してる……」
俺も、と彼が言ったのかどうか、自信はない。
でも……あたしを抱きしめ返してくれた腕は、今までで1番強くて、そして温かかった。
つづく


2007年03月06日 Love, Truth and Honesty トラックバック:- コメント:-