例外のかたまりのくせに =1=
「…………」
大きな窓から外を眺めて、溜息をつく。
陽光のせいか、スモッグのせいか、はるか下方にある世界は白く霞んで見える。
気分がそわそわして落ち着かない。
胸の中に、ちょうちょをたくさん飼っているみたいだ。
じっと座っていることができなくて、室内をうろうろと歩き回る。
あたしは、ドアを見つめて、もう1度小さく息を吐く。
約束の時間まで、あと少し。
蒼は、最近すごく忙しくて、かれこれもう1ヶ月も会ってない。
もちろん、声は電話で毎日聞いてるし、メールも1日に何度も送ったり送られたりする。
でも……。
そうやって手を触れることのできない距離でのやり取りが増えれば増えるほど、会いたい気持ちは、募る。
ほんの少し話をするだけでいい、それが無理なら、遠くから視線を合わせるだけでも。
会いたい、と言葉にするのは簡単だ。
蒼はきっと、多少の無理をしてでも、あたしのために時間を空けてくれる。
だけど、そうすることが蒼のためには決してならないことも、ちゃんとわかってる。
後になってから、その代償に大変な思いをするのはあたしじゃなくて、やっぱり蒼だ。
だから、会えない日が続いて少しくらい寂しくても、我慢しなくちゃって思ってた。
昨日までは。
蒼に会えないことが辛くてたまらなくなったあたしは、彼のマネージャーである桂木さんに電話をした。
別に、桂木さんにどうにかしてもらいたいと思ったわけじゃない。
ただ、仕方がないだろう、蒼はアイドルなんだからって、諌めて欲しかった。
第三者から諭されれば、気持ちをクールダウンできると思った。
でも、ひとしきりあたしの愚痴を聞いてくれた桂木さんは、電話口で少し考え込んでから、言った。
会えるように、都合をつけてあげるよって。
一瞬、聞き間違いかと自分の耳を疑った。
半信半疑で本当ですかと聞き返したあたしに、桂木さんは本当だよと苦笑していた。
そして今、あたしは桂木さんから指定されたホテルの一室にいる。
蒼が、ロケ先から次の仕事場であるテレビ局のスタジオに向かうまで。
食事と移動のための空き時間に予備を足した2時間を、桂木さんはあたしにくれた。
蒼のスケジュールは文字通り分刻みで、それ以上はどうしても捻り出せなかったらしい。
それでも、積もる話でもしながら、ゆっくり飯を食うくらいはできるだろう、と桂木さんは言った。
たかが2時間、されど2時間、蒼と過ごせるのだと思うだけで胸が高鳴る。
すでに、ルームサービスで食事の用意は整っている、あとは蒼が現れるのを待つだけだ。
やがてノックの音があって、あたしは駆けて行ってドアを開ける。
そこに立っていた人は、濃い色のサングラスを傾げて微笑んだ。
「蒼……」
名前を口に出したあとは、言葉が続かなくなる。
会いたかったとか、恋しかったとか、寂しかったとか、顔を見たら言いたいことはいっぱいあったのに。
蒼は、突っ立ったままでいるあたしの横をすり抜けて、室内に足を踏み入れる。
あたしは、はっと我に返って慌ててドアを閉め、振り向こうとしたところを背中から抱きしめられた。
不意打ちみたいな抱擁に、心臓がどきんと跳ね上がる。
「藍、会いたかった……」
受話器を通さない蒼の声と、耳にかかる息遣い。
あたしも、……あたしも、すごく会いたかった。
そう言いたいのに上手く言葉が出てこなくて、あたしは半分泣きそうになって彼を斜めに見上げる。
蒼は、そんなあたしの顎を軽く持ち上げて唇を重ねてきた。
最初から抑制を欠いた性急なキス。
生暖かい舌で歯の裏をなぞるように舐められて、全身がぞわりと粟立つ。
「ん、…ちょっと待って、そ、」
捩ろうとした身体を押さえつけられて更に抱きすくめられる。
1度は離れた唇が、追いかけてきた蒼のそれで再び塞がれる。
終わりの見えないキスに、早くも息が上がる。
つづく


2017年03月30日 8 Titles トラックバック:0 コメント:1
例外のかたまりのくせに =2=
「待てないよ、わかってるだろ?」
吐息の合間に蒼が言う。
ブラウスの裾から入り込んだ手が、素肌を這う。
胸を覆うレースの手触りを確かめるように動いていた指先が、カップの縁にかかる。
あ、と思ったときには、大きな手のひらで膨らみを包み込まれていた。
「や、…だめだよ、蒼……」
小さく上げた抗議の声には耳も貸さず、蒼はあたしの胸の先端を強くつまんで捻った。
痺れるような痛みと、そこからじわじわと身体中に広がっていく甘い疼き。
「ずっと我慢してた、こんなになるまで」
耳元で囁きながら、蒼はあたしのお尻に硬くなったものを擦りつける。
胸がきゅうっと切なくなる。
身に着けているものを通してでも、彼の昂りはしっかりと感じることができた。
「抱きたかった……藍のこと考えながら、何度マスかいたかわからないくらい」
「もぉ……アイドルがそんな下品なこと言ったらだめ」
「こんなときくらい例外にしてよ、好きな女の子を目の前にして、欲情しない男なんていないんだから」
好きな、女の子……なんて面映い言葉だろう。
自分も相手のことが好きなら尚更だ。
「……ルームサービス、無駄になっちゃう」
「惜しくないよ。飯なんか、移動中や仕事の合間にだって食えるけど、藍と抱き合えるのは今だけだ」
蒼は、あたしをドアに押しつけると、急くような手つきでスカートとショーツを一緒に下ろしてしまった。
指でアソコをなぞられて、ぬちゃといやらしい音が響くと、蒼はくくっと低く笑った。
「もう、ぬるぬる」
ついでにぺろりと耳を舐められ、はあと息を吹きかけられて、背筋がぞくぞくする。
強引にされるのも、意地悪なことを言われるのも、蒼となら好き。
花びらの間を往復する指が、時どき、迫り出した核に触れてびくっと身体が跳ねる。
「あ、やだ、や…ああっ、蒼っ」
「可愛いよ、藍……」
充血して膨らんだそこをくにゅっと指先で押しつぶされて、目の前に星が散った。
顎が仰け反る、膝ががくがくする、アソコがひくひくする。
蒼はくるりとあたしの身体の向きを変えて、少し乱暴に唇を奪った。
「んぅ、ん……」
あたしは甘えた鼻声を出して、蒼の首にしがみつく。
蒼は片手であたしを愛撫しながら、もう片方の手で器用にベルトのバックルを外す。
あたしは蒼を見る。
蒼もあたしを見る。
蒼の瞳は潤んでいて、それでいて熱い眼差しが、あたしをとても欲しいと告げていた。
だから、あたしは頷いていいよと言う。
ゆっくり話なんてできなくなったけど、向かい合ってご飯なんて食べれなくなったけど。
でも。
「…………」
辛いのをこらえるみたいな蒼の、吐息。
片足を抱え上げられて、背中を預けたドアがぎっと音を立てて軋む。
こんなとこでしちゃうのかなって一瞬、迷ったけど、あたしは目を閉じて彼に身を委ねる方を選んだ。
2時間だ、あたしと蒼に与えられた時間はたったの2時間、120分。
蒼がこの部屋に入ってからもう何分経った?
あと何分一緒にいられる?
1分1秒でも無駄にしたくない、戸惑っている時間がもったいない。
「蒼……」
大好き、首筋に顔を埋めて囁くと、蒼はもう1度嘆息して、あたしの腰を両手でぐいと抱き寄せた。
穿つように、一気に押し入ってくる熱。
下方から捻じ込まれた蒼のものは大きくて硬くて、1ヶ月ぶりのその感触が懐かしくて泣きそうになる。
「藍も、俺が恋しかった?」
「うん、……会いたかった、すごく会いたかった……だから今日、会えて良かった、嬉しい……」
蒼はその答えに満足したのか、目を細めるようにして微笑んだ。
同時に、あたしの中で体積を増す蒼のもの、蒼が洩らす苦しげな溜息。
掠れた声も、傾ぐ身体を支えてくれる腕も、痩せっぽちのあたしなんかすっぽり収まっちゃう胸も。
蒼のすべてが何もかも愛しい。
つづく


2017年03月31日 8 Titles トラックバック:0 コメント:0