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手を繋ぐ
傾きかけた太陽と、それを映して煌めく川面。
彼の押す自転車の、車輪が回るからからという音。
いつもと同じ、川原沿いの帰り道。
気候はずいぶんと涼しくなってきていたけど、彼は、脱いだ制服のブレザーを自転車の前かごに無造作に突っ込み、肘の辺りまでワイシャツの袖をまくっている。
2人で帰るとき、彼はよくこうしてあたしの自転車を代わりに押してくれた。
彼はの名前は、仁科克巳(にしなかつみ)。
あたしの、幼なじみ。
母親同士が友達だったおかげで、小さいころから家族ぐるみの付き合い。
途中の坂道を我慢すれば自転車で行ける距離の、丘の上に住んでいる。
幼稚園から中学校までずっと同じで、今現在、通ってる高校も一緒。
家が近所というのもあって、2人で登下校することも珍しくない。
あたしは彼を「かっちゃん」と呼び、彼はあたしを「あやな」と呼び捨てにする。
こんなあたしたち、周りからはずいぶんと仲が良いように見えるらしく、お互いの友達からは「いっそのこと付き合っちゃえば?」なんてたまに冷やかされるけど、それはない。
だって、かっちゃんにはちゃんと彼女がいるから。
「ったく、この時期になっても暑いよなあ」
首筋に片手をやりながら、かっちゃんが言う。
いつの間にか伸びちゃいました風の中途半端な長さの髪が、かっちゃんには似合う。
それが実は、行きつけの床屋のおじさんに頼んで、わざとそんな風にカットしてもらってること、みんなには内緒だ。
「今日は涼しい方じゃない、かっちゃんが暑がりなんだよ」
「暑いもんは暑いんだからしょうがないだろ」
言いながら、かっちゃんが顔だけをこちらに向ける。
自転車を押しているせいで両手が塞がっているかっちゃんに、持っていたアイスを食べさせる。
豪快に半分くらいまでを1度に頬張ったかっちゃんは、冷たかったのか口をあわあわさせて、その拍子に、とけたアイスの雫が口元からぽたぽたたれた。
「ほら、またぁ……がっついて食べるからだよ、もう」
今度は、ハンカチを出してかっちゃんの口の周りを拭いてあげる。
かっちゃんは、そうされるのが当たり前って感じで、あたしが拭きやすいように、ハンドルを握ったまま顎を突き出したりする。こういうところ、かっちゃんは本当に子供っぽい。
「こんなのさあ、ホントなら彼女にやってもらいなよね」
「つれないこと言うなよ、俺とあやなの仲だろ」
「かっちゃんとあたしの仲って何よ、ただの幼なじみでしょ」
そりゃ、単なる友達っていうよりは、少しばかり親密かも知れない。
でも、あたしとかっちゃんは小さいころから仲良く育ってきた幼なじみってだけで、それ以上の関係では決してない。
「なんだ、あやなは俺のことが好きなのかと思ってたのに」
かっちゃんは、少し不満そうな顔でそんなことを言う。
この鈍感男、人の気も知らないで。
あたしは、心の中で思い切り毒づいた。
もし、あたしが本当にかっちゃんのことを好きだと言ったら困るくせに。
「無責任なこと言わないの、麗(うらら)ちゃんが聞いたら気を悪くするよ?」
麗ちゃん、というのはかっちゃんの彼女だ。
あたしは、同じクラスになったことがないから直接は知らないけど、美人でスタイルが良くておまけにお嬢様で、かっちゃんたちのクラスでは姫的な存在らしかった。
もちろん、熱を上げたのはかっちゃんの方で、相手が相手だけにライバルも多く、猛烈なアプローチの末にようやくゲットした高嶺の花だ、頑張った自分を褒めてやりたい、なんてばかみたいなことを、麗ちゃんと付き合い始めたばかりのころはよく言っていたものだ。
かっちゃんは麗ちゃんにベタ惚れだったし、彼女の方も、かっちゃんの熱意に絆されてか、2人の付き合いは意外なほど上手くいっていた。
そんなかっちゃんが、どうして毎日あたしなんかと一緒に帰るのかっていうと、お嬢様の麗ちゃんにはお抱えの運転手がちゃんといて、学校の送り迎えをしてくれるからって、それだけの理由だ。
「別に、そうでもないんじゃん? てか、もう関係ないし」
けれども、かっちゃんは気のない顔でそう言った。
あんまりさらりと言われたものだから、あたしの方が聞き流してしまうところだった。
「関係ないって何よ、自分の彼女でしょ?」
「麗とは別れた」
「…………はあ?」
あたしは、その素っ気ない物言いにちょっと呆れて口を開けた。
「もしかして、……かっちゃん、ふられたの?」
「見損なうなよ、言っとくけど、ふったのは俺だぜ?」
「……冗談」
「だから、冗談じゃねえって」
なんか俺、気がついちゃったんだよね、とかっちゃんは自転車を押しながら上を仰いだ。
夕焼けが、空をオレンジ色に染めていた。
「麗は、確かに顔も可愛くて性格も良いけど。一緒にいてなんか違うんだよな、微妙なところですれ違うって言うかさ……俺が求めてたのはこんなんじゃないって思うわけ」
「それって、かっちゃんのわがままじゃないの、意中の彼女ゲットして、欲が出ちゃったみたいな」
「そう言われればそうなのかも知れない。でも、1度そう思い始めたら自分の中でどんどん違和感みたいのが大きくなって、そのうち、麗の方もそれに気づいて……」
「それで、別れたの?」
そのときの後味の悪さを思い出したのか、かっちゃんはいかにも苦そうに顔を顰めながら頷いた。
「勝手に惚れて、勝手に飽きて、麗ちゃんにとってはいい迷惑だったね、きっと」
正直なところ、かっちゃんが彼女と別れたと聞いて、あたしは動揺していた。
胸の奥にしまってあった、想いの蓋が外れるのが怖かった。
「例えば、俺がなんか言うだろ? それに対して、そうね、なんてニコニコ笑いながら頷かれても物足りないんだ。なんかこう、もっとぽんぽん返して欲しいわけよ、俺としては」
漫才じゃないんだから、と小声で突っ込んだあたしを無視して、かっちゃんは続けた。
「まあ、具体的に言うとさ、夕暮れの川原を一緒に歩いて、ばか言って、大笑いして、とけかけたアイスなんか食わしてもらって、いつまでも子供みたいなんだから、なんてぶつぶつ言いながら顎とか拭いてもらって……そういう付き合いがしたかったんだな、きっと」
かっちゃんは、飄々とした様子のままそんなことを言う。
それを聞きながら、あたしはますます混乱した。
これって、……かっちゃんが言ってるのって、もしかして。
「あやなさあ、明日から自転車通学止めにしない?」
「な、な、な、なんで?」
思い切り裏返った声で聞き返したあたしに、かっちゃんはくすっと小さく笑った。
なんか、余裕ありげでちょっとムカつく。
「やっぱ、手とか繋ぎたいから、彼女とは」
自転車押してちゃ邪魔だろ? なんて微笑まれちゃっても……。
麗ちゃんが、自分の知らない子で良かったって、申し訳ないけど少しだけ思った。
明日からは、いつもの帰り道がちょっと違った景色に見えそう。
目に映るすべてが、ばら色がかっていたりして。
= fin =
2016年11月01日 妄想50題(拍手お礼SS) トラックバック:0 コメント:0
悪戯
その日の現国は教科担当の先生がお休みで、クラス丸ごと図書室で自習になった。
でも、真面目に本を読んでる子なんているわけなくて、携帯をいじったり、友達同士で固まってお喋りしたり、みんなそれぞれ思い思いのことをしてる。
あたしも、仲の良い女の子数人で寄り集まって、クラスの男子の噂話に興じていた。
そのうち、クラスで1番カッコいいのは誰かって話になって、幾人かの名前が挙がる。
「そういえば、皆藤くんも結構イケてるよね~」
やっぱりっていうかなんていうか、皆藤くんの名前も出てちょっとどきっとした。
「でも、ほら……彼はちょっと特殊だから」
誰かが言って、その場がわっと沸く。
あたしは、少し複雑な思いでそれを聞いていた。
確かに、皆藤くんがえっちなことはクラスでも有名で、女子の間では密かに下ネタ大王なんて呼ばれている。
普通なら気色悪がられるところでも、彼の場合はそのルックスの良さにも助けられ、皆藤くんだからしょうがないよねって感じで、女子からも許されてるみたいなところがあった。
そんな皆藤くんとあたしが、実は付き合ってること、クラスのみんなはまだ知らない。
別に秘密にしてるわけじゃないけど、きっかけがきっかけだったし、言い出すタイミングも上手くつかめなくて、結局そのまま現在に至っている。
名前も、学校にいるときはどちらも「棚原」「皆藤くん」と苗字で呼び合っていた。
「真白は? 誰が良いと思う?」
いきなり話を振られて、ちょっと焦った。
「え? あ、…あたしは、特にいないかなあ」
「そっか、真白は面食いだもんね。じゃあ、あやなは?」
「あやなには聞いても無駄だって、今は愛しのかっちゃんとらぶらぶなんだから」
ひゅーひゅーと周りに冷やかされて、当のあやなは真っ赤になった。
あやなの彼氏は、幼なじみの仁科くん。
あやなは小さいころからずっと彼のことが好きだったみたいだけど、あらためて2人が付き合うようになったのは最近だ。
念願叶って大好きな人と恋人同士になるってどんな感じだろう。
あたしはまだ、この人のことが本当に好きだって思うような人と出会ったことがない。
彼氏がいたことがないわけじゃないけど、だいたい向こうから告白されて、まあいいかって適当に付き合い始めることが多かったし、そんなだからいつも長続きしなかった。
あたしは、なんとなく図書室の中を見回して皆藤くんの姿を探してみた。
彼は数人の男子との話の輪に加わっていたけど、ちょうどそのとき、顔を上げてあたしの方を見た。
まるでタイミングを計ったように目が合っちゃって、なんだか照れくさい。
視線を合わせたまま、皆藤くんは並んだ書架の方を目顔で示した。
「あ、あのさ、…あたし、本探してくるね」
「今さら何の本読むの、感想文書くわけでもないのに」
「う、うん……でもほら、読書の秋とかいうじゃない、あたしも文学に目覚めてみようかなあって」
そんな自分でもよくわからないことを言って席を立とうとするあたしを、みんなはちょっと訝しげに見たけど、じゃあ行っておいでみたいなことを言って、すぐにカッコいい男子の話の続きに戻った。
図書室の奥まった一角に、皆藤くんはいた。
狭い書架の間から顔を出したあたしに、彼は少し機嫌の悪そうな顔でおいでと言った。
「さっき、俺ら野郎同士で話してたろ? あれ、クラスで可愛いと思う女子は誰かって話だったんだけど、真白、結構人気あったよ」
手を繋ぎ、埃っぽい書棚に並んで寄りかかりながら、皆藤くんは切り出した。
2人のとき、皆藤くんはあたしを「真白」と呼び捨てにする。
それを面映いと思う反面、男子でも女子でも、寄り集まれば話すことは同じだと思った。
「なんか俺、ちょっとムカついちゃってさあ」
「なんで皆藤くんが――、いたっ」
言いかけたあたしの額を、皆藤くんがぴんと指先で軽く弾く。
「悠里(ゆうり)、だろ?」
皆藤くんは、あたしも彼のことを名前で呼べって言うけど、慣れないあたしはつい「皆藤くん」と呼んでしまう。
彼はそれがちょっと気に入らないみたいだ。
「……そんなことで悠里が怒ることないじゃない」
「だって俺、真白のこと好きだもの。他の野郎に横取りされたくない」
皆藤くんは、全然普通の顔で、そんな聞いているこっちが照れるようなことを言う。
こういうところ、彼はすごく直球だ。
咄嗟には返す言葉もなくて俯いたあたしの耳に、口を寄せるようにして彼は言った。
「Trick or Treat」
「は……?」
あたしは、前後の脈絡も何もない突然の英語に戸惑って、間抜けな声で聞き返す。
「ハロウィンの決まり文句。お化けに仮装した子供が各家を回って戸口で言うんだよ、お菓子をくれないと悪戯をするぞって」
ああ、そうか、今日はハロウィンだったんだ。
「だからって、今そんなこと言われても、あたし、お菓子なんて持ってないし」
「そう? じゃあ、悪戯をさせてもらおうかな」
「悪戯?」
「吸血鬼になってうなじに噛み付いちゃうのも良いし、狼男になって襲っちゃうのも良いね。真白の弱いところは、もうしっかり研究させてもらったし」
あたしは、この間初めて皆藤くんとえっちしたときのことを思い出して真っ赤になった。
「へ、変なこと考えないでよね、ここ学校だよ?」
「変なことされたくなかったら、何かちょうだい」
「だから、お菓子なんか持ってないってば」
焦るあたしに、皆藤くんはキレイな二重の目を細めて笑う。
「甘いものなら、ここにもあるじゃない」
人差し指で顎を支えて上向かされ、親指の腹が下唇をそっとなぞる。
皆藤くんの顔が目の前にあって、笑みをたたえた薄い唇や形の良い顎を、この人ってやっぱりカッコいいよねなんて思いながら眺めていたら、不意打ちでキスされた。
ちゅっと触れるだけの軽いキスだったけど、オレンジミントの吐息や柔らかな感触が、あたしなんかより皆藤くんの唇の方がよっぽど甘いよって思わせた。
「こんな美味しいもの、他人には分けてあげない、俺に独り占めさせて?」
そんなクサイ台詞に頷いちゃったあたしは、もしかしたら、自分で意識しているよりも、ずっとずっと彼に傾いているのかも。
自分で思っているよりも、ずっとずっと彼のことが好きになっちゃったのかも。
様子を見に来た友達に、その一部始終をしっかりと目撃され、2人のことが内緒でなくなっちゃったのは、このあとのお話。
= fin =
2016年12月01日 妄想50題(拍手お礼SS) トラックバック:0 コメント:0
コーヒー
その日、あたしは、友達との待ち合わせによく使うカフェの窓際の席に座って、あやなが来るのを待っていた。
あやなが、服を買いたいって言うから付き合うことにしたんだけど。
「…………」
あたしは、嘆息しながら携帯で時刻を確認した。
約束の時間はもう45分も前に過ぎている。
取り上げたカップの中のコーヒーはぬるくなっていて、おまけに砂糖の入れすぎでやけに甘ったるい。
あたしは、舌打ちしたい気分になりながら、カップを向こうに押しやった。
痺れを切らしたあたしは、もう1度、今どこにいるのかとあやなにメールを打った。
返事がきたのは、それからまた15分ほども待ってからだ。
ごめん、から始まるそのメールにはなんかごちゃごちゃ書いてあったけど、とどのつまり、出掛けに彼氏が家に来て出るに出られなくなったって内容だった。
あやなと彼氏の仁科くんは、幼なじみが恋人に昇格したようなものだから、お互いの家に出入りすることにもあまり遠慮がないらしい。
ていうか。
だったらそうと、もっと早く連絡すればいいのに。
あたしは、気の利かない友達に内心で呆れながら、頬杖をついて外を眺めた。
日曜だからか、人通りは多い。
カップル、友達同士、家族連れ……みんな、これからどこへ行くんだろう。
あたしは、これからどうしよう。
ひとりで街をぶらぶらしても面白くないし、かといって、このまま家に帰るのも……。
「棚原?」
不意に名前を呼ばれ、あたしはびっくりして声のした方を振り返った。
「え、……皆藤くん?」
テーブルの横に笑顔で立っていたのは、同じクラスの皆藤くんだった。
「びっくりした、こんなところで会うとは思わなかった」
皆藤くんは、言いながらあたしの向かいの席に腰を下ろした。
「あたしだって驚いたよ……ひとり?」
「ああ、うん。従兄がこの先の量販店でバイトしてて、冷やかしがてら覗きに行こうかと思ってたとこなんだけど、通りすがりにウィンドウの中覗いたら、棚原の顔が見えたから」
「そっか、偶然だね」
「ホント、運命感じちゃったよ、俺」
皆藤くんは、本気とも冗談ともつかない口調でそんなことを言う。
返す言葉に困って黙っていると、それを察したのか皆藤くんはさっと立ち上がった。
「俺、コーヒー買って来るけど、棚原は? なんか飲む?」
「あ……じゃあ、あたしもコーヒーにする、お願い」
了解、と軽く敬礼する真似をして、皆藤くんはカウンターに向かって歩いて行った。
あたしは、もう1度小さく溜息を吐く。
「お待たせ」
しばらくして戻ってきた彼は、湯気の立つカップをふたつテーブルに置き、再び向かいに腰を下ろした。
「ありがとう、いくらだった?」
あたしが財布を取り出そうとすると、皆藤くんはいいよいいよとそれを止めた。
「でも……」
「彼女に割り勘させるほどケチな男じゃないよ」
そう言われて、ああ、あたしって皆藤くんの彼女なんだよねと思う。
あたしたちが付き合うようになったのは最近だ。
偶然乗り合わせた電車の中であたしが痴漢に遭って、それを皆藤くんに助けてもらって、その流れの中で告白されて、あとはもう成り行きって感じ。
皆藤くんは、時どき好きとかそういう意味のことを口にするけど、あたしが彼に同じ言葉を返したことはない。
だって、あたしはまだ皆藤くんが好きだって確信できてないし、気持ちが曖昧なままそれを口に出しても、それは口先だけの嘘と同じだから。
「ところで、棚原はなんでひとりなの、もしかして待ち合わせ?」
「あやなと買い物に行く予定だったんだけど、彼氏が来たからってすっぽかされた」
あたしが言うと、皆藤くんはなぜかぷぷっと吹き出した。
「友達よりも恋人か、結構冷たいね、女の子は」
「男の子は違うの」
「俺は、友情と愛情はまったく別次元のものだと思うよ」
そう言ってから、にっという感じの笑顔になって、皆藤くんはあたしを見た。
「まあ、相手が棚原なら、俺も男友達よりは恋人を選ぶだろうけど」
「またそんな、調子の良いこと言って」
「え~、俺は結構真面目なのにな」
皆藤くんはソファの背にもたれて、頭のうしろで両手を組む。
そうしながら、視線はあたしから逸らさない。
彼はいわゆる美形というやつで、下手なタレントやモデルよりもずっとカッコいい。
そんな彼から見つめられたら、当然ながら、あたしだって面映くなってしまうわけで。
「手相見てあげようか」
ちょっとの沈黙のあと、皆藤くんがいきなり言った。
「え? 皆藤くん、手相なんてわかるの」
「大体のところはね……手、出してみて」
半信半疑ながら、素直に手のひらを差し出すと、皆藤くんはそれを上下から包み込むようにして握った。
そして、
「棚原って、顔も可愛いけど、手もキレイだね」
なんて歯が浮くような台詞をぬけぬけとのたまった。
手相見にかこつけて手を握るなんて古いけど、それにまんまと引っかかってるあたしもあたしだ。
「……皆藤くん、手相がわかるなんて嘘でしょ」
「嘘じゃないよ、ほら、ここ……高校在学中に運命の人と出会うって出てる」
「え、どこ?」
思わず手のひらを覗き込んだあたしに、皆藤くんは言った。
「棚原の運命の人って、たぶん俺のことだよ」
「は?」
顔を上げた瞬間、同じくあたしの手のひらを覗き込んでいた皆藤くんと目が合う。
なまじ顔が良いだけに、至近距離で見つめられるとくらくらする。
たぶん今、頬っぺたがすっごい赤くなった。
「ねえ、棚原」
「な、なに?」
ばかみたいに上ずった声で聞き返すと、皆藤くんは可笑しそうにくすっと笑った。
「これから、どうするの? 真っ直ぐ家に帰るつもり?」
「どうしようか迷ってたんだけど……どこに行くにもひとりじゃつまんないし、でも、このまま家に帰るのももったいないし」
「じゃあさ、デートしようか」
「デート?」
「せっかく思ってもみないところで会えたんだから、このまま別れるのは惜しいよ」
皆藤くんは、あたしの手のひらに自分の手のひらを重ねるようにしてそっと撫でた。
あ、なんか今、ぞくっとした。
なんだろうこの感じ、どこだかわからないけど、身体の奥の方がきゅんとした。
そのあとすぐ、あたしと皆藤くんはカフェを出た。
どこに行こうって相談したわけじゃなかったけど、なんとなく、2人の足は同じ方に向いていた。
それから……。
その日は、あたしと皆藤くんが初めてえっちした日になった。
= fin =
2017年01月01日 妄想50題(拍手お礼SS) トラックバック:0 コメント:0